実務従事で農商工連携のビジネス化、および地域貢献ができる事例紹介
実務従事案件は、大多数が製造業、小売業、サービス業とこの3種類が多い。
今回はテーマの対象となっている業種は、「農商工連携」。つまり農業をキーとして商品化、および販売開拓を題材としている。これにプラスして、「地域貢献」のキーワードが入る。実務従事案件でも「農商工連携」という珍しいキーワードとともに、「地域貢献」もできる意味で、事例を紹介したい。
実務従事案件の概要は、以下の通りである。
案件名 | 地域資源を活かした商品開発と販路開拓 |
地域 | 神奈川県O町 |
業種 | 酒小売業・農業(米、みかん) ※農商工連携 |
概要 | 地域の酒小売業(酒店)を中心に、地域活性化の趣旨に、農家が賛同、農産物を原料とした「あまざけ」「みかんあまざけ」「純米焼酎」と地域の素材を活かした商品を開発し、販売している。一方、軌道に乗りつつあるこのプロジェクトが今後も継続して販売を確保、持続できるかが不安視している。今回の実務従事にて、プロジェクトを持続するため、現状を分析した上、テーマごとに実現するための具体的施策を提言する。 |
指導員 | 清水信行会員(中央支部) |
今回、この実務従事案件を指導した清水指導員に内容をインタビューした。
インタビューアー(以下Iに省略):今までの実務従事案件の指導経験を教えてください。
清水信行指導員(以下敬称略):
2020年より4回経験しています。今まで指導したのは、スイミングスクール、不動産業者などのサービス業が中心です。不動産業者では、外国人が入居するためのサポート事業を指導しました。
I:実務従事案件の指導員をされている理由を教えてください。
清水:
実務従事事業は、直接、中小・小規模事業者に対面して企業を診断させていただき、結果を報告する非常にやりがいのある事業であると思っています。企業に対して包括的な支援が中小企業診断士の醍醐味と思っているので、参加者には、その診断の機会に対して興味をもって参加して欲しいと思っています。
実務従事案件の企業は、参加者が興味を持ってもらえるように、特徴のある会社を診断先として選定しています。参加者には、経営診断を理解するため、主体的、積極的に取り組んで欲しいと思いますし、今後もこの診断機会を提供したいと思います。
I:参加者の今回のテーマ(地域貢献、農商工連携)になった背景を教えてください。
清水:
今回のテーマも、特徴のある案件として、農家、酒店の共同体を選定しました。
元々、地元の商工会議所から支援依頼がある中で、長年経営している酒店が地元を盛り上げるため、地元の農産物を原料にした商品化を個人的に動いていました。地元を盛り上げようとする熱い思いからの事業でしたが商品化、販売に関して酒店単独でリスクを背負って実施するのは、客観的にみて難しいと感じていました。そこで、今回、「農商工連携」「地域活性化」をキーワードとして、商品開発、販路開拓に関して、実務従事案件として募集をかけ、6名の中小企業診断士が集まって、知識を集約して進めたいと思いました。
このプロジェクトを持続的に推進するための課題が多数ある中、今回の実務従事では、販売拡大、プロモーション強化、販売・生産体制、リスク管理のテーマに対して、現状分析のうえ、提言しました。
I:参加者の今回のテーマ(地域貢献、農商工連携)に対する反応は?
清水:
今まではただ実務ポイントが欲しいという参加者も若干ですがいましたが、今回のテーマは、地域活性化というキーワードへの興味を持った参加者ばかりで構成されました。参加者の中には、ホームページを見た東京都協会以外の他県の参加者もいました。
I:実務従事の進め方について教えてください
清水:
まず、企業の情報を参加者へ提供します。事前に送付した資料により、今回の概要を共有し、初日のヒアリングへとなります。
ただ、今回の企業共同体に関しては、「地域活性化」という大きなタイトルがあるため、最初どこに取り組めばよいかが難しいと感じていました。
I:参加者に事前にお願いしたり、資料を送付したりしますか?
清水:
初日のヒアリングで質問を事前に考えることができるように、参加者には事前に関連する資料を送付しております。送付資料は、企業概要の情報、決算書類(2期分)など基礎的な情報に関係する資料です。また、今回は既に実施した補助金申請に関わる書類も送付しております。したがって、事前資料によって、ヒアリングの準備はある程度できると考えております。
I:実務従事のスケジュールはどのようになっているでしょうか?
清水:
初日は、企業訪問を実施、事業者へのヒアリング会を実施します。ヒアリング項目は、定番質問事項は事前に私の方で聞いて回答を得ています。それ以外の質問を、参加者は事前資料からヒアリング項目を設定して聞くことになります。ヒアリングが終わった後、参加者の分担を決めます。2日目は、ヒアリング結果と資料から現状分析と行い、今回の診断方針を決めます。3〜5日目は報告書のまとめに入り、6日目は企業訪問をして、報告会となります。
企業訪問(初日、6日目)は、当然参加者集合となります。3〜5日目の報告書まとめは、リモート(ビデオ会議)で実施しましたが、2日目の現状分析、診断方針決定は、入念に打合せ、ディスカッションをするため、集合して実施しました。また、3日目では、農商工連携の経験のある中小企業診断士を講師に迎え、農業と商工業との連携によるビジネス化についてレクチャしてもらいました。
I:今回、コロナ禍の影響でリモートでの実務従事を実施していたが、集合主体との違いは?
清水:
リモートによる実務従事ですが、コロナ禍で参加者もZoomなどビデオ会議を使いこなしているため、資料、情報の共有において問題はありませんでした。時間の無駄が省けるのはあると思います。ただし、雑談などインフォーマルのコミュニケーションは取りにくいです。また、懇親会の機会もありませんでした。
I:初日に実施する参加者の役割分担はどのように決めますか?
清水:
参加者の希望を尊重しており、私からの指名はしておりません。リーダーを含めて立候補で進めます。
今回は、販売拡大、プロモーション強化、販売・生産体制、リスク管理のテーマで分担しましたが、先述通り興味のあるテーマのため、参加者の希望ですんなり決まりました。
I:参加者同士や指導員とのコミュニケーションを活発にする取り組み。
清水:
基本的には「自主性」に任せています。リーダーの進行に対しても任せております。基本、ディスカッションの開始と最後にコメントはしますが、途中の過程では言わないようにしております。(聞かれたら回答するスタンスです)
ただ、以前指導した実務従事案件と同様、リーダーに依存することになります。今回のリーダーの取りまとめは良かったと思っております。
I:ヒアリングと報告会を除くと4日間という短期間で経営診断書をまとめることになりますが、まとめに対する考え方、進め方はいかがでしょうか?
清水:
今回の各パートの報告書の記載に関して、実務補習の指導員の時と同様ですが、以下の3つのポイントを念頭に実施して欲しいと参加者へは言いました。
- 現状分析
- 課題の抽出
- 改善への提言
以上、①から③のポイントは各パート統一した形で報告書に記載するように指示しましたし、実際報告書はその形で完成しました。このまとめ方を最初に指示したため、短時間でまとめることができたと思っております。
また、現状分析においては、中小企業診断士として学んだ「コンサルティングフレームワーク」の活用をして欲しいことは、参加者へ伝えて進めており、実際、フレームワークを使った分析を実施しております。
さらに、提言に関しては、ただ情報を集めたものを紹介するのでなく、自分なりのポイント、勘所を交えて作成して欲しいと思っています。かつてはあるパートで、事例の紹介を羅列してまとめた人がいました。しかし、情報をもらう事業者は、その分野の「プロ」なので、その情報はわかっているものと考えるべきです。事業者が知りたいのは、その事例になったポイントは何であるか?それを自分なりの分析をした上伝えることが、中小企業診断士としてやるべきことと考えます。そこは注意深く見ました。
I:今回のテーマでまとめる上、苦労したことは?
清水:
地域活性化のテーマが広い部分があり、最初のテーマ決めは苦労しました。また、「個店」と「地域活性化」をどう結びつけて報告書にまとめるのにも苦労しました。ただ、テーマにある「農商工連携」という話でも、他の中小企業への案件に対する基本的アプローチは変わらなかったと私は感じました。
I:報告会での事業者(クライアント)の反応はいかがでしょうか?また、実務従事後、継続して取り組んでいることはあるでしょうか?
清水:
当日の報告会の反応は本当に良かったです。報告会はヒアリング会と同様、酒店だけでなく、地域の米農家、みかん農家も参加していただき、活発な議論を経て終わりました。
事業者から報告書をバイブルのように読んでいるという感想をいただき、実際、報告書にて提言した通り、小ロットで製造できるように、お酒製造の委託先を変更しました。また、プロモーション提案に関しても採用して、パンフレット作成へ結びついております。事業者が報告書により行動を起こしてくれたことは、非常に嬉しい結果が出たと思っております。
その意味で、実務従事案件は、事業者にとって効果のあるものを提供できたと思っております。事業者が喜んでいただけることを参加者が実感してくれればと思っております。
I:実務従事の参加者へのアドバイスや期待することはあるでしょうか?
清水:
参加者は企業内が多いため、本業との絡みで時間の中で参加していることがわかりますが、企業に勤めている方は毎月決まった給料をもらえるのに対し、中小・小規模事業者は自分が体を動かしている時間だけ収入を得ることができるのが現状です。その中で事業者はヒアリング、報告会に参加していることを念頭において欲しいし、事業者の実施していることを提言で動かしたいなら、事業者の立場に立って行動して欲しいと思います。
I:最後に、実務従事における指導員としてのメリット、気づきはあるでしょうか?
清水:
やはり、立場の違う6名の中小企業診断士が参加すると、私一人の情報量とは比較できないぐらい多いです。したがって、自分ひとりではできないボリューム感がある分量の報告が可能です。6名の知の結集をすれば、いいアウトプットができ、事業者との信頼関係も強くなると思っています。このボリューム感の利点を考慮して、今後も実務従事案件を積極的に提出して、指導していきたいと思います。
まとめ(所感)
今回は関心事の高い、そして特徴のあるテーマ「農商工連携」「地域活性化」の実務従事案件について紹介した。今回感じたのは、どんなテーマでも診断をまとめるという意味では、まとめ方の3つのポイント(現状分析→課題設定→改善への提言)は、他の業種とは変わらないものと言えると感じた。(報告書を読ませて頂いたが、6名とも読みやすく、ポイントがまとめていたのが印象的だった。)今後も「農商工連携」のような特徴のあるテーマの事例があれば、この場で提供していきたい。
また、コロナ禍でリモートでの実務従事は増えてきている。情報共有の段階では、リモートでも集合でも変わらないということであったが、方針を決めるディスカッションが必要な場合は、やはり集合でやったほうがいいようである。リモートと集合のバランスをどのようにするかが、今後の実務従事案件の進め方のポイントとなると感じた。とはいえ、せっかく6名と指導員との交流機会でもあるので、やはり「懇親会」はやりたいでしょう。(私も久しく飲んでいない。。。。。)
取材・文:中原 裕之(中央支部)