エコステージ実務研究会
岡本 ⿇代
1.はじめに
エコステージ実務研究会は中小企業の環境経営に関わる調査や研究などを行っている。中小企業診断士の資格に加え、環境マネジメントシステムであるエコステージの評価員の資格を有している会員も所属しており、環境と経営の両面から中小企業を支援することに取り組んでいる。具体的な活動は以下の通りである。
・環境マネジメントシステム「エコステージ」の構築支援・評価
・国内および海外の化学物質管理に関する法規制(化審法、REACH、RoHSなど)に関するコンサルティング、セミナー、調査、執筆
・地球温暖化対策(節電・省エネ診断)
・経営課題解決支援(経営戦略、SDGs、マーケティング、ものづくりなど)
近年の気候変動、海洋プラスチックごみ、生物多様性の毀損といった問題が深刻化しているなかで環境問題はこれまでにないほど注目されている。企業経営においても環境への配慮が今後さらに求められることになると考えられる。本稿では支援事例を踏まえて、環境問題だけではないさまざまな社会的な課題の解決を目指すSDGsを中小企業の経営に導入することを検討する。
2.中小企業に求められる環境への配慮
1)環境経営とは
環境経営とは、人間の健康や自然環境を含む地球環境の保護および保全に自主的に取り組む姿勢を持って事業を遂行・管理することである。大企業の場合は人的資源および財務的資源に余裕があり、また、社会的責任を担うことも期待されているため、環境に配慮した経営を行うことが自社のブランドイメージ向上や顧客や取引先からの信頼度向上につながることから、経営上も重要であると認識されている。人的資源や財務的資源を十分に持たない中小企業の場合、取引先のグリーン調達による要求がある場合や経営層に環境への興味がある場合などを除き、一般的には環境への配慮よりも直接的な利潤追求が優先されてきた。しかしながら、近年の環境問題への注目度の高まりを受け、中小企業でも環境分野への関心は高まっている。中小企業白書2021年版によると、2019年の調査では、新たに進出を検討している成長分野として、「環境・エネルギー」と回答した中小企業の割合がもっとも高く、全体の12.9%であった。この背景として、SDGsやESG投資への注目度が高まっていることが挙げられている。
2)SDGs
2015年9月に国連加盟国により採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に17の持続可能な開発目標、SDGs (Sustainable Development Goals) が定められた。これらの目標は2030年までの達成が目指されており、先進国、発展途上国がともに協力し合って達成すべきものとされている。貧困や困窮の根絶は、健康や教育の改善、不平などの削減、経済成長の促進などと密接に関係しており、同時に、気候変動対策や海・森林の保護などにも取り組まなければならないという認識に立っている。生存自体が危機にさらされている国々の人びとにとって、環境問題よりも経済成長のほうが重要であろう。しかしながら、地球環境を疎かにすることは長期的には自分達の生活をさらに苦しめることになる。経済成長か環境保護か、という二者択一ではなく、あらゆる面から社会を改善していくということが重要である。つまり、SDGsは環境問題だけを取り上げているのではなく、環境問題を含む社会的な課題の地球規模での改善を目指している。
3)ESG
ESGとは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)の頭文字であり、投資において、財務情報に加え、環境、社会、ガバナンスの観点が、近年、重要視されてきた。2006年に国連が責任投資原則(PRI)を提唱し、PRIを取り入れた投資を金融機関が実施するようになったことで、ESG投資の考え方が広く受け入れられるようになってきている。この流れを受け、日本でも大手都市銀行だけではなく、地方銀行や信用金庫でも、投融資先企業の環境を含むESGへの取り組みを評価し始めている。また、金融庁および東京証券取引所が2021年6月に公表した「改訂コーポレートガバナンス・コード」では、プライム市場上場企業に対して気候変動リスクに関する情報開示が求められた。気候変動の状況は年々悪化しており、気候変動によるリスクが投融資の判断に適切に組み込まれなければ、今後、気候変動による災害などが市場の混乱をもたらす可能性が高いという背景がある。
ESG投資で企業価値を評価するために使われる財務情報以外の情報を非財務情報と呼ぶ。非財務情報には、ESG(環境、社会、ガバナンス)の観点による情報に加え、経営理念、経営ビジョン、ビジネスモデル、経営戦略なども含まれる。環境に関する非財務情報の代表的なものとしては、電力量や二酸化炭素の排出量がある。
4)中小企業に求められている姿
SDGsおよびESGが世界的に重要視されてきているなかで、国内外の法令を含む各国の政策において環境問題および社会問題への配慮が強化されてきている。国内では、2021年5月26日に地球温暖化対策推進法の改正が成立し、2050年までのカーボンニュートラル(二酸化炭素の排出量と吸収量をプラスマイナスゼロにすること)の実現を基本理念とし、企業の地球温暖化対策や脱炭素に向けた取り組みを加速するため、再生可能エネルギー導入の促進、温室効果ガスの排出量報告のデジタル化およびオープンデータ化を推進する仕組みが定められた。
また、2021年6月に金融庁から公表されたサステナブルファイナンスアクション有識者会議報告書「持続可能な社会を支える金融システムの構築」でも記載されているが、2050年カーボンニュートラルを進めるなかで、大企業だけではなく中小企業でも気候変動への対応が求められ始めている。金融機関による投融資先の脱炭素に向けた取り組みの促進のために、環境省が金融庁の協力を得て、金融機関に対して、投融資先の排出量の把握・算定・分析を行うポートフォリオカーボン分析のパイロットスタディの支援を行うという発表が2021年8月にあった。温室効果ガスの排出量が投融資の判断材料の一つになることで、有利な条件での資金調達のために、中小企業においても温室効果ガスの排出量削減への取り組みが促進されることが期待されている。
海外においては、EUグリーンディールに見られるように、カーボンフットプリント(温室効果ガス排出量の算出)やウォーターフットプリント(水使用量の算出)が、今後、バリューチェーン全体に対して要求されることが予想される。したがって、今後は、企業規模を問わず、温室効果ガスの排出量をはじめとするさまざまな点において環境への配慮が要求されるようになる。
また、2015年7月に施行された英国の2015年現代奴隷法に見られる通り、国際的にも搾取的な労働や人身取引が規制されるようになった。規制対象は大企業ではあるが、サプライチェーン全体からの奴隷制排除が義務付けられているため、中小企業も影響を受けることになる。つまり、これまで後回しにされがちだった環境問題はもちろん、人権問題などの社会的な問題に対しても、今後は中小企業も注力していくことが求められている。
3.SDGs経営導入の支援
当研究会では、2020年秋に表面処理事業者A社に対してSDGsを経営に導入するための検討を支援した。
A社は10年ほど前から環境マネジメントシステムを導入して、環境負荷の低減、環境汚染物質の削減などに取り組んできた。環境への取り組みを継続するなかで、より幅広い視点でSDGsに取り組むことにより、社会に貢献すると同時に、SDGsを経営に生かしたいという思いがある。また、創業から半世紀以上経っており、事業内容の見直し、新しい時代に向けた事業への転換も視野に入れている。
1)SDGs経営導入の検討内容
SDGsを経営に導入することによる直接的な利点として、たとえば、環境問題や社会問題に取り組む企業として発信することにより取引先や顧客からの信頼度が向上し、ブランド力が上がる。また、エシカル消費(環境や人権に関して配慮された商品やサービスを選択すること)のための製品の開発により売上が向上する。さらに、非財務情報が評価され、金融機関からの信頼度が上がり、投融資など資金調達に有利に働く。そして、脱炭素経営や社会的な課題に取り組むことにより、リスクが回避できる。
A社へのSDGs経営導入の検討においては、より具体的な内容となるよう、以下の2点を重視した。
① 社会貢献と企業の持続性の両立
自社事業が成長することで、社会がより持続的になる未来を創造すること、つまり、社会貢献と企業の持続性の両立を図ることを提案した。つまり、環境保全のために企業活動に制約が発生すると考えるのではなく、SDGsを指針として持続可能な未来を意識することにより、企業活動の幅が広がり、結果的に、自社事業の収益性やリスク管理にもプラスに働くと考えた。(SDGs「目標3. すべての人に健康と福祉を」、「目標9. 産業と技術革新の基盤をつくろう」の達成を目指す。)
② 新しい時代に合わせた新製品の追求
ありたい姿(社会課題解決と事業継続性の両立)と現状の課題(加工・技術提携先の発掘、社内提案制度、新たな販路の開拓など)を分析した結果、環境にやさしい金属を用いためっきや、抗菌・抗ウイルスなど新しい時代に合わせた機能を持つ製品の追求、また、社内における教育の質を高めることを提案した。(SDGs「目標3. すべての人に健康と福祉を」、「目標4. 質の高い教育をみんなに」、「目標8. 働きがいも経済成長も」、「目標9. 産業と技術革新の基盤をつくろう」の達成を目指す。)
上記に基づき、協業の可能性のある別の企業を当研究会からA社に紹介した。現在、A社の技術を活用した協業の可能性に関する検討が進んでいる状況である。
2)SDGs経営導入に関する考察
A社のSDGs導入に関する支援活動を通して、SDGsを経営に導入する効果について考察した。社会貢献と企業の持続性の両立という視点を経営に取り込むことにより、単なる環境保全のための活動に留まらず、将来における企業および社会の姿を具体的に考えることができるようになる。その結果、より長期的かつ幅広い視野で、事業をとらえることができ、新たなビジネスチャンスに気付くきっかけが生まれる。また、企業の持続可能性を考えることにより、企業の可能性の再認識、経営指針の見直し、新事業開拓などの新しい取り組みにつながる。つまり、SDGsに取り組むことにより、経営を改善することができると考えられる。
今回の支援活動を通じ、人的資源や財務的資源に乏しく、これまで環境経営に取り組んでこなかった中小企業でも、経営の改善につながるSDGsであれば、積極的に取り入れることができるのではないかと感じた。ただし、SDGsに取り組んでいることのアピールを目的とする活動では、企業の将来や経営指針を見直すことにはならず、経営は改善されない。
4.SDGsをどう経営に取り入れるか
SDGsを導入し経営改善を図るにあたり、企業において具体的にどのように進めるべきかに関して、SDG Compassとエコステージの2点を有効に活用できると考えた。以下に説明する。
1)SDG Compass
SDG Compassとは、SDGsの企業行動指針として、GRI (Global Reporting Initiative)、国連グローバルコンパクト (UN Global Compact)、持続可能な開発のための世界経済人会議 (WBCSD) が作成したものである。SDGsを企業の経営戦略やガバナンスに統合するための手順として、図1の通り、5つのステップが示されている。
SDG Compassは大規模な多国籍企業向けに作成されたものであるが、中小企業においても参考になると考えられる。前述の5つのステップに従って、持続可能な目標を設定、経営に統合、また、目標達成状況のレビュー、社内での意見交換により実施方法の改善・修正などを行い、経営改善に役立てることができる。
最初のステップである「SDGsを理解する」はおざなりにされがちであるが、非常に重要である。A社の支援活動でも感じたが、SDGsの目標をざっと読むだけでは、環境保全、社会貢献をすればよいと考えてしまいがちで、企業として偽善的な活動に陥る可能性がある。しかしながら、SDGsには企業として持続的に発展するために気をつけるべきこと、実行すべきことのヒントがたくさん含まれている。たとえば、社員教育、多様性ある人材の活用、サプライチェーンを通じた品質管理、働き方改革、技術革新のための取り組み、地域経済の活性化につながる活動などである。ステップ1において企業全体でSDGsの理解を徹底して行うことにより、最終的に、SDGs経営への社員の理解が深まり、経営改善に向けての社内の結束力が上がると考えられる。
2)エコステージの活用
エコステージは環境マネジメントシステムの1つで、環境CSR経営を実現することを最終的な目的としている。環境マネジメントシステムとは、組織や企業の自主的な環境保全の取り組みにおいて、環境に関する方針や目標を自ら設定し、目標を達成するための体制や手続きなどの仕組みのことである。EMS(Environmental Management System)とも呼ばれる。環境マネジメントシステムの導入においては、第三者認証取得が目的になる活動が見られることもあるが、真に重要なのは、認証取得ではなく、組織や企業が自ら取り組む仕組みを策定し実行することにある。エコステージでは、評価員が業務の効率化や環境改善・品質改善のコンサルティングを行い、システム構築を支援した上で、システム構築後、そのシステムが適切であるかどうかを評価する。コンサルティングから評価まで1人の評価員が行うことができるため、より企業に寄り添った具体的な仕組みの構築が可能である。また、評価員の業務には中小企業診断士としての経営に関する知識・経験を生かすことができる。
評価結果は公平性・客観性の確保のため「第三者評価委員会」により精査され、評価が妥当であると判定されると認証書が発行される。
エコステージは表2に示す通り、1から5まで細かくステージが分けられているため、企業のニーズや状況に合わせ、段階的な導入が可能である。ECOSTAGE 2がISO 14001相当のEMS構築であり、ECO STAGE 3以降のステージでは、経営管理に留まらず、最終的には、経営全体の管理、CSRの実現まで見据えている。環境問題に留まらないSDGsの実現への活用に有効である。
エコステージの評価員による現状分析やコンサルティングを通じて、SDG Compassにおける「2. 優先課題を決定する」と「3. 目標を設定する」のステップを効率的に実施できる。目標が設定されたら、経営に統合し、設定した目標の達成状況をエコステージで管理する。エコステージでは、脱炭素に関連する目標は、資源使用量グラフとして、電気、ガス、上下水道、ガソリン、灯油、軽油、紙などの使用量と廃棄物量の月別の推移表を作成でき、使用した資源を二酸化炭素量に換算してグラフ化、排出量をモニタリングすることができる。それ以外の目標に関しても、エコステージの仕組みのなかでモニタリングし、PDCAサイクルを回すことができる。また、第三者評価委員会による認証も備えているため、SDGsウォッシュ(実態がともなわない見せかけだけのSDGsのアピール)、チェリーピッキング(自社にとって都合のよいことだけを挙げること)の回避もできる。
5.まとめ
地球環境破壊や経済格差などの社会問題が多くあると、人びとの間で不安が広がり、最終的には経済成長の障害となる。経済成長を持続させるためには、環境問題や社会問題を避けて通ることはできない。そして、世の中が豊かになればなるほど、物もサービスももっと売れるようになる。社会問題の少ない安定した社会であることは人びとにとっても産業界にとってもプラスである。それがSDGsの根底にある考え方であると思う。
企業経営においては、利潤追求だけではなく環境問題や社会問題の解決に貢献することが最終的には事業にとってプラスになるととらえることが重要であろう。今後、非財務情報が金融機関や取引先からさらに注目されるようになると予想されるため、非財務情報を今のうちに改善しておくことができれば企業価値は上がりビジネスに有利に働く。SDGs経営の導入により、環境のみならず経営も改善され、金融機関や取引先からの信頼度も向上、最終的には、経営基盤が強化され、持続可能な発展を目指すことができる。