「アンコンシャス・バイアス=無意識の偏見」研究
~人はみなバイアスや思い込みを持っている

研究会女性診断士の会”Ami”
代表 油井 文江

企業のダイバーシティや働き方について、多くの法制度や施策の制定が続いている。本年6月にはパワーハラスメント防止法1)が施行された。これらに大きく関わる課題として「アンコンシャス・バイアス=無意識の偏見」があり、企業内の取り組みが増えている。
無意識の偏見は、他者や他集団に対する不適切な思い込みを生み、ハラスメント2)や差別の温床となる。また、多様で生産的な組織づくりを阻む「見えない障害」となる。
社会を覆うウィルス疫病の人を「一網打尽」にするかの脅威を前にして、人種や性別、階層などの違いを争う無意味さや実害が見えてきた。そして争いの根本に無意識の偏見が横たわることも気づかれ始めた。
女性診断士の会”Ami”は、その名からも女性の社会的ポジションや、性別の偏見に敏感であらざるを得ない。折に触れ偏見とその害に係る研究を進めてきた。本稿はコロナ禍を機に、個人と社会にとって無意識の偏見とは何か、どうすれば克服できるのかを、ジェンダー論や社会心理学的研究を基にまとめたものである。

1.アンコンシャス・バイアスとは何か?
(1)人間は皆バイアスをもっている
人は一般に「自分は良識的であり客観的に物事を判断できる。偏見は持っていない」と思っている。しかし事実は逆であって、「脳には『自分にはバイアスがない』というバイアスがある」(脳科学者池谷裕二氏)。
この意識せざるアンコンシャス・バイアス(Unconscious bias)(以下、無意識の偏見)は、合理的根拠を持たない。ただ周りの環境から知らぬ間に影響を受け、自らの中に偏った観念を作り出す。これが多くの実験研究や調査結果によりわかってきたことだ。
たとえば「男性は車の運転が女性より上手」~実は運転が上手な女性や下手な男性も多い。「親が単身赴任」と聞けば「父親が単身赴任なのね」~今どき女性の赴任も多い。また、血液型で性格を想像したり「女のくせに△*%」と思ったり……覚えがないだろうか?

なぜ合理性なく思い込むのだろうか……社会心理学の知見では、人の脳には思い込みや決めつけの傾向が強く存在し、200以上の無意識のバイアスが存在するという。バイアスを生むメカニズムは防衛機制といわれる。自我の安定性を揺るがすものから自分を守ろうとして無意識に働く。偏見に対しても、楽で安全な場を守るべく「無自覚な状態」を選んだりもする。関わる心理作用には、隔離や否認、置き換え、合理化など多種類ある。都合のよい作用をするものだから「開き直りの集大成」と言われたりするが、周囲と折り合いをつけるために誰にもある心の働きである。

(2)「固定観念+感情」=偏見、「偏見+行動」=差別
防衛機制では、人の属性や特性をもとに先入観や固定観念をもって決めつける「ステレオタイプ(固定観念)」や、自分に都合のいい情報に目がいく「確証バイアス」、環境変化や危機が迫っても「私は大丈夫」と都合のいいように思い込んでしまう「正常性バイアス」などの心理メカニズムが知られている。*図2参照
中でもステレオタイプは偏見や差別とつながりやすいため注意が必要だ。ある集団(カテゴリー)の人々に対して、特定の性格や資質をみんなが持っているように見えたり、信じたりする認知的な傾向を指す。ステレオタイプに好感や嫌悪、軽蔑などの感情を伴わせると「偏見」、ステレオタイプや偏見を根拠に不平等な行動をとるのが「差別」となる。
人は社会を構成して以来、性差や年齢、人種などのさまざまなステレオタイプを作ってきた。ステレオタイプは効率的な防衛機制でもある。このタイプ認識のおかげで相手を即座に判断し、適切と思われる対応をとることができる。しかし過度な一般化をしたり、状況変化に気づかずにいると偏見に転化する。社会や人が多様に交わる現代では、固定観念の効率性は警戒すべきものとなる。常に懐疑の対象として意識的に扱う必要がある。

(3)無意識ゆえに望ましくない影響が続く
無意識の偏見が個人や社会に及ぼす影響について、最初に挙げておきたいのが「偏見は対他者だけでなく対自分のバイアスとしても存在する」ということだ。
たとえば「私は女性だから(管理職は)ムリだ」「男は強くあるべし」「女は可愛くなくちゃ(女子力を上げる?)」などは実は根拠なき思い込みなのだが、現実の立ち居振る舞いを強く規制してしまう。男性も同じことで「男は泣いてはいけない」と言われる。でも泣きたいときはどうするのだろう。2019年の日本人の自殺数はG7中最悪で、うち7割が男性。「男は黙って仕事」がバイアス(もしかして差別)の十字架のように見える。
一方、偏見が外へ向かう例として、アジア人に対するコロナ差別(怒声や冷たい目線、時に暴力)は、偏見+無知の産物であるし、全米から世界に広がった「Black Lives Matter」は歴史的・構造的な偏見・差別社会への大抗議。「#Mee too」は女性を下にみる差別への女性からの「Stop!」ムーブメントであった。キャリア官僚最高位の男性が見せた女性記者への偏見や態度の酷さは忘れ難い。同様に、外国人の雇用差別や職場でのハラスメントなど、いずれも無意識の偏見が下支えするだけに、意識し解決するという合理的プロセスに乗りにくい。その分「意識高い系」にならないと問題を根深くするばかりだ。

(4)企業においては社員の活力を削ぐ~Googleの社員教育活動

無意識の偏見は、企業においては社員の活力を削ぎ、経営の成長可能性を阻害する。こうした着目が日本で取り上げられたのは2013年ごろ。Googleが「アンコンシャス・バイアス」と名付けた社員教育活動を始めたのがきっかけだ。Googleは「多様な価値観を歓迎しない組織に新たな発想は生まれずイノベーションが起きにくい。リーダーが自身の思い込みや無意識の偏った見方に気付き、意識して対処することで組織の未来を劇的に変えることができる」とした。ダイバーシティの本質に迫る考えであり、対処すべき偏見は価値観や環境、経験など個人の生涯にわたる生成をカバーする。

(5)無意識の心理メカニズム
集団内にいると自己防衛意識が強まり、さまざまなバイアスを生む。職場の人間関係や仕事に影響する無意識の心理メカニズムを整理したのが図2である。
(参考『「アンコンシャス・バイアス」マネジメント』(守屋智敬著)

(6)自身の偏見に気づく

無意識の偏見がもたらす問題は「自分には偏見が無い」と思うことから発生する。
自身の偏見に気づき、正しい知識を身につけることが問題解決の第一歩になる。個人の偏見レベルを測定するテストにImplicit Association Test(IAT)がある。
ハーバード大学などが開発した信頼度が高いセルフチェックのツールである。
下記のサイトから入ることができる。
*利用は無料  https://implicit.harvard.edu/implicit/japan/
ちなみに筆者が試みた結果では「老人よりも若者を選好する傾向」「男性と科学、女性と人文学のつながり感あり」「同性愛者よりも異性愛者を選好」などとなり、それまでの「わりとフラット」との自己認識が動揺する発見があった。

2.ジェンダー(社会的性差)に見られる偏見と差別
(1)日本は女性「後進国」
世界は日本の女性の地位が低いことを知っている。そして国内でブーイングが起きないことに、「はてな?」と首をかしげている。世界経済フォーラムが発表した「ジェンダー・ギャップ指数」2020年版によると、男女の性別格差は(小さい順に)153か国中121位。分野別では政治面125位(ワースト10)、経済面117位、教育面65位、健康面41位。政治・経済面での格差が際立つ。とても胸を張れた水準ではないが、国内の反応は鈍い。
この遅れた状態に火がつき始めた。「取締役会に女性がいない会社の取締役選任議案に反対する」。ゴールドマン・サックスグループの大手資産運用会社(GSAM)の議決権行使基準だ。コロナ禍の日本の株主総会で投資先約400社に実行した。ダイバーシティが常識の世界企業とのギャップが「女性マター」の障害となって突きつけられた格好だ。

(2)見えない社会の意識や偏見
我が国では職場や社会で女性が十分活躍できる環境にはなっていない。その原因として挙げられる筆頭が職場での長時間労働だが、その奥には「男は仕事、女は家庭」という性別役割意識や女性に対する無意識の偏見が存在する。これをジェンダー・バイアス3)という。ジェンダー・バイアスは欧米先進国にも存在し、偏見の中でも根強い一つと言える。
ここに、「できる女性は疎まれる」をそのまま体現する米国での実験データがある。

登場するのはシリコンバレーで目覚ましい活躍をした実在のハイディ・ローゼンさん。実験では「強烈な個性の持ち主で、ハイテク分野の著名な経営者にも顔が広く、幅広い人脈を活用して成功した」と紹介した。2つのグループによる感想は、「能力面」の評価では偏りが見られなかった。しかし「好感度」では多くが「男性(ハワード)のほうが同僚として好ましい」と答え、女性(ハイディ)に対しては「謙虚さに欠け、権力欲が強く、自己宣伝がすぎる」「一緒に働きたくない」とした。実験結果には「男性には成功がプラスに働くが、女性にはマイナスに働く」「実績と好感度は、女性の場合反比例で捉えられる」という女性への偏見の影響がはっきり表れた。
ところで、こうした偏見の壁を先取りするかのように、女性は困難に遭う前から成功を目指さなくなったり、男性に比べて低いセルフエスティーム(自己肯定感)に止まることが指摘される。女性一般が無意識に自分を抑制したり、有能であっても性差によるペナルティーを受けたりするのは、偏見と差別が生む弊害であり、現実に存在する問題だ。

(3)女性への複雑な出方に注意
女性に対する無意識の偏見には複雑な出方がある。敵対的差別と慈善的差別の2つで、男女の異性愛と双方の勢力差や依存関係が関わる。学問上、男性の幸福は異性愛関係のため女性に依存する関係となり、女性への脅威や敵意を感じる。男性はこれを調整するため、男女に異なった支配・被支配関係=性役割を与える。これが2つの差別的出方につながる。
①敵対的性差別:男女の役割意識を引きずったステレオタイプによる差別

思い描く女性像から逸脱した女性に対して敵意として出てくる。男性と肩を並べて頑張ったり、はっきりものを言う女性がいると敵対視してしまう。「女のくせに……」とか。
描かれる女性像を、性役割を測定する心理テストから抜粋した(図4)。各項目は世間で「女の子らしくしなさい」というときの特性だが、まあ仕事向きとは言えない。
②慈善的性差別:パターナリズム(父性主義)4)による差別。
一見好意的で親切な行動として出てくる。「女性に機械操作は酷だろう」「子育て女性は大変だから、アシスタント業務をしてもらおう」などがこれに当たる。
慈善的性差別の落とし穴は女性の潜在力を削ぎかねないこと。従えば優しく扱われることが、成長機会を失ったりパフォーマンスを下げたりすることにつながりかねない。一方、能力を持ち、積極的な女性がその特性を示すと、「生意気」「可愛くない」といった評価を受ける(=ダブルバインド)。どちらに転んでも「面白くありません」。

3.アンコンシャス・バイアスをなくすには
(1)無意識の偏見を減らす・解消する3つのアプローチ
①認知過程での抑制:意識的に思考をコントロールする。そのためには意識する動機(例:平等を肯定する信念や相互依存関係)を持つことや、ステレオタイプの影響を自覚する(例:人はみな偏見を持っている)、十分な認知資源を持つことが大事になる。
②偏見自体を減らす=偏見の是正:偏見は相手への無知や誤解に基づくものなので、「接触機会を増やし、真の姿に触れればおのずと偏見はなくなる」(接触仮説)。
有効な接触には、地位の対等性(高い立場は低い立場をステレオタイプにとらえやすい)や、スポーツチームのような協働性、法律や制度、規範などの社会的・制度的支持、また十分な頻度、期間、内容のある親密な接触性が大事になる。
③「現状」自体を変える:偏見や差別はシステム正当化動機による「現状に従属的」な心理メカニズムなので、現状を変えずに「意識を変える」だけでは限界がある。たとえば女性管理職や家事をする男性が増えるといった、非伝統的性役割の男性や女性が増えれば、それが「現状」となり偏見や差別の低下につながる。

(2)身近な「知る・意識する」努力
組織内で無意識の偏見を解消するには、以下に挙げる研修などの手法が有効である。
①無意識の偏見を知る研修:「無意識」の自覚からスタートする認知テストや自己認知トレーニング、体験研修~具体例が明示された認知評価や仕事上の思い込みの例を書き出すワークショップ、多様な属性とのロールプレイング研修など。
②ダイバーシティによる人事管理:違いや多様性の受容をマネジメントで実施~偏見是正のPDCAやブラインドオーディション(不要な属性データを排除して評価)も有効。

まとめ
偏見は人間に備わった適応的な心理機制の副産物であり、完全になくすことは難しいとされるが、努力次第で減らすことはできる。偏見や差別を減らすには、まず偏見とは何かを知ることが第一歩と述べてきた。それは無意識の意識化である。
たとえば読者は新聞や雑誌で、シンポジウムなどのビジネス告知を多く目にすることだろう。そのパネリストの性別はどう見える? 先日、日経新聞全2面使いのSDGs会議の広告があった。登場者11名の全員が男性(・・・SDGsというのに)。無意識の偏見を意識化できれば「代表的発言者が男性だけ? ちょっと違和感」があるかもしれない。少なくとも2.(1)で述べた資産運用会社GSAMはそうとらえるだろう。偏見を捉えられる知識を得る、行動を顧みる、この2つによって無意識の偏見をなくしていきたい。

研究会”Ami”へのお誘い:女性診断士の会”Ami”は1991年に懇話会として発足し、2017年に研究会に改組、来年30年目を迎える。女性診断士の社会的ポジションの向上を目指し、専門力向上のための研鑽や社会課題の研究をしている。本年のテーマは「AIと人」「ハラスメント」「女性と働き方」など。関心のある方のご参加をお待ちしています。

1)改正労働施策総合推進法「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実などに関する法律」。企業はパワーハラスメントに対し、防止策を取ることが義務付けられた。中小企業は2022年から適用。
2)広義には人権侵害を意味。性別、年齢、職業、国籍などの属性や人格に関する嫌がらせ、またいじめなどの言動により、相手に不快感や不利益を与えその尊厳を傷つけること。
3)社会の女性に対する評価や扱いが差別的であることや、社会的・経済的な非合理な偏見を指す。ジェンダーは生物学的・解剖学的な性差ではなく社会的・後天的性差であり、バイアスはその関係づけられた偏りを意味する。
4)英・paternalism。強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益のためだとして、本人の意志は問わずに介入・干渉・支援すること。温情主義、父権主義ともいう。