東京都中小企業診断士協会 まちづくり研究会
会長 名取 雅彦
コロナ(COVID-19)の感染拡大は、われわれの生活や社会システム全般に大きな影響を及ぼすこととなった。地域構造の面では、長らく継続していた東京一極集中の傾向が変曲点を迎え、新たな生活様式に対応したバランスが形成されつつある。こうしたなかで、人々の暮らしの場、経済活動の場となる、まちの中心のあり方や、まちづくりのあり方も新たな視点に立って進める必要がある。
こうした問題意識のもと、東京協会まちづくり研究会1)では、今般のまちづくりに係る取組をレビューするなかで、アフターコロナも展望したこれからのまちづくりについて、会員相互の意見交換を重ね、これからの中心市街地(まちの中心)が目指す方向を提言書「中心市街地活性化2.0」としてとりまとめた。本稿では、その概要を紹介する。
1.コロナで変わるまちづくり
(生産活動・生活行動の変化)
東京への流入人口が2020年7月以降人口流出に転じ、年間でみると昨年は一昨年から半減した。背景としてコロナ禍にともなう経済活動の停滞があげられるが、テレワークが普及し、職場が分散したことも大きい。大手企業を中心に、都心オフィスの出社制限、オフィス立地の見直し、柔軟な就業形態の採用が広がりつつある。オフィスのコスト負担軽減ニーズと相まって、業務機能の分散が進展する可能性が高まっている。
人口や業務機能の分散先としては、人口が流入している埼玉、千葉、神奈川などの大都市圏郊外部や、福岡市など地方中枢・中核都市が先行すると考えられるが、リゾート地や観光地で業務を行うワーケーションなどの動きもあり、立地形態の多様化が進む可能性がある。テレワークによる在宅勤務、WEB会議が広まるなか、各種の調査で、郊外部や地方都市における就業ニーズが高いこと、大都市圏における通勤時間の長さに対する不満が示されており、職住近接を基本として、対面のコミュニケーションが必要な場合に限って出社するワークスタイルが浸透すると想定される。
生活行動の面では、就業者の居住地の分散、就業形態の変化に伴い、生活者が居住地周辺で過ごす時間が長くなる。結果的に、買物、就学、余暇活動、コミュニティ活動など、さまざまな生活行動が職住近接型へと変化していく可能性が高い。また、コロナ禍における三密回避で、本来のニーズが抑制されている会食、スポーツ、文化活動などの行動については、活動場所は変わるものの、徐々にコロナ禍前の生活行動に戻っていくことが想定される。
(中心市街地(まちの中心)への期待と問題)
生産活動や生活行動の変化に伴い、中心市街地(まちの中心)に対する期待も変化する。コロナ禍のもとでは、三密を避けるため中心市街地(まちの中心)は生活必需品などの提供が求められる一方で、営業時間の短縮など活動の抑制が求められ、矛盾したニーズへの対応を余儀なくされてきた。アフターコロナの社会では、こうした矛盾が解消し、中心市街地(まちの中心)が本来有している周辺地域への交通利便性や、集積のメリットを活かした空間、機能の提供を果たすことが可能となる。
その結果、生産活動の面では、分散する業務機能などの立地点として、中心市街地(まちの中心)が選択され、地域の稼ぐ力を担う基盤産業(域外を主たる販売市場とした産業)の集積が進む可能性が高い。また、郊外や地方における職住のバランスが進むため、非基盤産業(域内を主たる販売市場としている産業)や、公共公益施設などの立地に対するニーズも高まると考えられる。
したがって、アフターコロナのまちづくりは、業務機能の分散に伴い、職住近接型の生活様式が定着するなかで、中心市街地(まちの中心)の強みを活かし、そこに対する潜在的なニーズにこたえられるような機能、空間の再編整備が課題になると考えられる。
ただし、そのためにはこれまでとは違う観点でまちづくりに取り組む必要がある。現在の中心市街地活性化方策が、業務機能の立地促進など、アフターコロナが要請する変化に十分に対応できていないからである。
2.これからのまちづくりの方向 -中心市街地活性化2.0-
これまでまちづくりで注力されてきた中心市街地活性化は、モータリゼーションのなかで停滞傾向にあった商店街などの商業機能の回復、向上が中心的な課題であった。中心市街地(まちの中心)の活性化に向けて1998年に成立した中心市街地活性化法は、2006年、2014年に見直されたが、商店街などの商業機能の回復、向上を中心的課題に据えるという点が見直されることはなかった。そのため、今日、地域の住民やコミュニティにとっての商店街の位置づけが「買物の場」から「多世代が共に暮らし、働く場」へと変化しているなか、そうした意識の変化を踏まえた施策アプローチが、必ずしも十分ではなかった可能性が指摘されている(「地域の持続可能な発展に向けた政策の在り方研究会」中間とりまとめ2) )。
さらに、こうした問題意識のもと、これからのまちのあり方として、「商店が集まる街」から「生活を支える街」への変革が議論されているが、アフターコロナにおける中心市街地(まちの中心)に対する期待を踏まえると、依然として商店街や生活系の機能に対象を限定した組み立てのように思われる。
中心市街地活性化法には、第3条(基本理念)に「中心市街地が地域住民等の生活と交流の場であることを踏まえつつ、地域における社会的、経済的および文化的活動の拠点となるにふさわしい魅力ある市街地の形成を図ることを基本とし」と記されているが、経済的活動の拠点としての機能は、一部地域の計画を除くと、商業施設など、主として圏域の生活者を対象とする非基盤産業に限定されている。これは、全国559団体(2020年12月末)で取り組まれている「立地適正化計画」の場合も同様で、都市再生に向けた都市機能立地の誘導が意図されているものの、都市の居住者以外の者の宿泊のみに特化した宿泊施設や、都市の居住者の共同の福祉や利便に寄与しないオフィスは誘導施設から除外されている。
実は、業務機能の分散は別な政策で推進されてきた。地方創生に向けて、地域の「稼ぐ力」の強化の必要性が喧伝され、その実現に向けて地域再生計画に基づく「地方拠点強化税制」により、本社機能(事務所、研究所、研修所)の地方移転が推進され、最近ではテレワークの導入も推進されている。ただ、中心市街地活性化や立地適正化とこうした地域再生計画に基づく取組はほとんど結び付けて対応されてこなかった。
しかしながら、地方都市の場合、本社機能を含む業務機能の立地点は中心市街地(まちの中心)である場合も多く、中心市街地活性化のためには、業務機能も積極的に対象とすることによって、施策の効果を高めることが可能である。事実、中小企業庁が2017年3月に公表した空き店舗実態調査報告書によれば、空店舗の解体・撤去後の利用が商店街に与えた影響について、「オフィス」は好影響を及ぼしたという回答が57.1%を占める。これは、新しい店舗59.7%、商店街の共同利用施設52.4%とほぼ同様の回答率であり、駐車場19.3%、住宅の6.6%と比べてはるかに高い。実際、日南市油津商店街のように、IT企業の誘致を通じて商店街の活性化に成果をあげた地域も登場してきている。
今日、求められている中心市街地(まちの中心)の役割は、地域の稼ぐ力を支える業務機能など、まちの中心に立地する産業機能を含み、よりトータルにまちの活性化を担う機能が集積する拠点であり、中心市街地活性化方策も、こうした問題意識のもとで組み立て直す必要があるのではないだろうか。
コロナ禍を経て明らかになってきた新たな課題認識のもとで、改めて、新しい価値の創造に資する「地域における社会的、経済的および文化的活動の拠点」の実現を目指すべきだと考える。こうした思いを込めて、これからの中心市街地(まちの中心)におけるまちづくりの方向を「中心市街地活性化2.0」と名付け、その展開を図ることを提起したい。
3.取組の基本方向
「中心市街地活性化2.0」の推進にあたっては、新しい視点のもとで「まちの稼ぐ力と集客力の強化」「新しいまちの機能と空間の整備」「新しいまちづくりスキームの確立」を推進することが重要である。
(まちの稼ぐ力と集客力の強化)
コロナ禍を機に、業務機能の郊外立地、地方分散が進むなか、これからの中心市街地(まちの中心)は、地域の稼ぐ力の強化に寄与する中心業務地区(CBD)としての役割を強めるべきだと考えられる。本社機能や、高次の専門サービス業など、域外需要を受けとめ、対象地域(都市圏)の地域経済を支える基盤産業の集積形成や、外需の誘導に向けた集客力の強化が重要性を増すだろう。都心の活性化に向けた業務機能やコンベンション機能の導入は、海外ではよく行われている取組である。また、わが国の地方都市でも、日南市や塩尻市など、中心市街地(まちの中心)において業務機能の誘導を進める都市が輩出しつつあり、地域のコミュニティとも連携した職住近接型の産業集積が形成されている。今後は、地域再生計画との連携を視野に置き、地域の稼ぐ力を支える産業振興を含む取組の展開が望まれる。
(新しいまちの機能と空間の整備)
機能面では、①商業等の圏域に対するサービス機能(非基盤産業、公共施設)、②都市型住宅、③交通基盤・アメニティに加えて、④業務機能(基盤産業)を構成機能のひとつに位置づける必要がある。また、これらの機能をできるだけ有機的に連携させることが望ましい。
たとえば、職住近接型の地域では女性が働きやすくするために、まちなかにおける託児所等の整備が重要になってくる。また、職住近接型の中心市街地(まちの中心)は、生活者だけでなく、就業者が活動する場となる。それだけに、自宅(ファーストプレイス)でも職場・学校(セカンドプレイス)でもない、居心地の良い時間を過ごせる場として「サードプレイス」を形成することも重要である。
空間的には、集積のメリットを活かすためにも、徒歩や自転車を主要な交通手段とするコンパクトな市街地整備が重要である。こうした近未来の職住近接型の都市のイメージとしては、パリ市アンヌ・イダルゴ市長が提案している「自転車で15分の街」というシンボリックなコンセプトがわかりやすい。2024年までに誰もが車なしでも15分で仕事、学校、買い物、公園、そしてあらゆる街の機能にアクセスできる都市を目指すというビジョンである。職住近接が基本となるアフターコロナのコミュニティは、このコンセプトに近い空間を目指すべきだと思われる。
(新しいまちづくりスキームの確立)
中心市街地(まちの中心)が提供するサービスの高度化にあたっては、組織や地域の枠を超えて、商品・サービスの需要家と供給主体を結び付け、新たな価値を生み出す「アグリゲーター」と呼ばれるサービス提供事業者と連携し、高度なサービスを実現できる可能性がある。たとえば、キャッシュレス、地域通貨、介護サービス、空き家マッチングサービス、農産品流通等の分野でプラットフォーム型のサービス提供が進むなかで、地域の主体性を確保しつつ、域外との連携による地域経営スキームを確立することが地域運営の選択肢となる。
また、まちづくりの財源を確保する仕組みとして、「地域再生エリアマネジメント負担金制度(日本版BID)」など、官民連携による仕組みづくりに向けた環境整備も進みつつある。拡充が進む制度条件も踏まえて、効果的なスキームを構築することが望まれる。
4.中心市街地活性化2.0の推進に向けて
(1)地域の構想力・実行力の強化
コロナ禍を機に地域を取り巻く環境が、大きく変化しつつあるなかで、これからのまちづくりにあたっては、多数の地域関係者の参画のもと、まちづくり会社など、特定地区の管理運営団体が市町村とも連携し、地域主導型のまちづくりに取り組むことが重要である。一方で、これからの中心市街地(まちの中心)が目指すべき方向を示す計画として、既存の中心市街地活性化基本計画は、オフィス立地方策については記載されていないなどの点で、十分な指針として機能しない可能性がある。もしこうした懸念がある場合は、地区の管理運営を担うまちづくり会社等の管理運営団体や、市町村が構想力を発揮し、各地域の中心市街地(まちの中心)が今後目指すべき将来像について、改めて検討することが望まれる。
(2)地域外とのネットワークの強化・活用
中心市街地活性化2.0の展開にあたっては、従来にも増して地域外とのネットワークを強化する必要がある。そのためには、基幹的なインフラとして、高速道路、新幹線、空港、港湾といった交通基盤、交通・物流サービスや、高度な情報通信基盤を整備するとともに、地域のプロモーションや、地域産品の販売チャネルの構築も重要である。ふらのまちづくり㈱(富良野市)のように、まちづくり会社の地域商社機能や、観光地域づくり法人(DMO)としての機能を強化することも有効だと考えられる。
(3)アグリゲーターの活用
先述のように、地域が抱える個別の課題に対して、広域的な視点からソリューションを提供するアグリゲーターと呼ばれるサービス提供事業者が登場しつつある。まちづくりにおける地域としての主体性は確保しつつも、地域で提供されるサービスの高度化、自らの存立基盤を高めることが可能であるならば、従来の枠にとらわれず、こうした新しいサービスの活用も選択肢として視野におくことが考えられる。
(4)変革のトリガーとなる公共公益施設の整備
人口減少、高齢化が進む中で、ほぼすべての市町村で公共施設等総合管理計画が策定され、公共施設の再編整備が取り組まれている。中心市街地(まちの中心)の活性化にあたり、八戸市「はっち」、長岡市「アオーレ」などにみられるように、公共施設の機能再編や再配置が有効なきっかけとなる場合も多いと考えられる。地域のオーガナイザーとしての市町村が、中心市街地(まちの中心)の活性化に向けて自ら実施できる手段として、検討することが望まれる。
(5)制度運用の見直し
中心市街地活性化2.0が目指す、地域の稼ぐ力を支える業務機能など、まちの中心に立地する産業機能を含み、よりトータルにまちの活性化を担う機能が集積する拠点を実現するためには、当面、柔軟な制度運用が求められる。
ビジョンの実現に資する制度運用にあたっては、市町村がまちづくり会社等の地域の管理運営主体との連携のもとでイニシアチブを発揮することが期待される。また、中心市街地活性化基本計画、立地適正化計画などにおける業務機能等の扱いについては、国において検討を行うことが望まれる。
5.おわりに
中心市街地(まちの中心)は、地域の市場結節点であり、中小企業診断士が支援対象としている中小企業や商店街の立地点である。したがって、「中心市街地活性化2.0」は、まちづくり関係者に対してだけでなく、こうした産業や、地域団体の活力を支えるエコシステムの形成に関わる問題提起でもある。
今後のまちづくりや、まちづくりに関わる政策・計画策定支援の際はもとより、中小企業の支援活動にあたっての参考にしていただければ幸いである。
1) 研究会の概要及び提言書の詳細はまちづくり研究会HP(https://machizukuri-kenkyukai.jimdofree.com/)をご参照ください。
2) https://www.meti.go.jp/shingikai/sme_chiiki/jizoku_kano/pdf/20200623_01.pdf