公的サポート研究会
土屋 俊博、岩井 智洋、黒坂 文生、木下 和孝
1.はじめに
(1)研究会のミッション
当研究会は、「公的サポートのあるべきあり方について実務を通じて考えていく研究会」として、東京協会城北支部の認定を受けている。実務とは、企業支援、商店街、地域再生、国際化、補助金、社会課題まで多種多様である。企業や支援機関のあり方が近年大きく変わるなかで、公的サポートのあり方も従来とは異なるものが求められつつある。
当研究会のターゲットとしては、「小規模零細企業(売上5,000万円以下)の支援」「地方創生(人口5万人以下を想定)」を活動領域とし、「診断士として活動(副業・兼業)したい方および独立したての方」のための研究活動を行っている。2020年度は、「1アフターコロナ後に直面する新たな中小企業支援への対応ができるようにする」「2支援スキルの向上、ノウハウ共有」「3実務の場の拡大、そのための仕組み・体制づくり」を活動方針としている。
(2)地域支援を取り巻く現状(社会的ニーズ)
事業承継や強靱化、IT活用による生産性向上、そしてさまざまな地域での多様な社会課題の解決など、中小企業や地域支援の裾野が大きく広がるなかで、その支援の担い手である自治体の産業振興担当や商工会・会議所の職員は、人材不足のなかで複数の業務を兼務し疲弊しており、本来腰を据えて行うべき地域企業の支援や地域振興、中長期的な産業振興戦略に時間を費やすことが困難な状況にある。さらにこのような状況のなかで、コロナの感染拡大にかかるさまざまな経済対策への対応が求められ、2020年度の補正予算として実に数兆円規模の経済対策・地域支援施策が施されている。
一方、首都圏を中心に、企業に勤務する企業内診断士が多数存在し実に診断士全体の2/3を占めるが、そのスキルは勤務先企業内や主に首都圏の中小企業を対象として使われているのみで、人材不足にあえぎ、支援人材を必要とする地方への貢献は乏しいと言わざるを得ない。
そこで、本研究会では、地方の企業と首都圏の診断士をマッチングし、地方・地域での「しごと」作りを誘発し、地方創生の推進に貢献することを目指す。首都圏一極集中の解消をすすめることは、東京の地域課題の解決にも繋がり、持続可能な社会づくりにも貢献する。
2.地域支援メソッドの開発
(1)基本的な考え方
首都圏の専門家スキルを地方の産業振興に役立てるため、地域の産業振興に関する課題を整理し、遠隔で支援を行うための方法論をまとめ報告書を作成した。旧中小企業診断士制度において自治体から要請を受けて実施していた「広域商業診断・産地診断」の診断手法を参考にICTの活用やフレームワークを導入し、現代版にアレンジし支援ツールとした。本ツールの開発検討に際し、(独)中小機構診断士会との協力および連携により、旧中小企業診断士養成課程の体系フレームや「中小企業診断実施基本要綱」などの診断マニュアルを参考とした。
(2)ツールの内容 ~活用事例と効果
本ツールは、首都圏在勤・在住の企業内診断士を中心とした「南伊豆応援隊」から得られた経験やノウハウを蓄積すべく、本プロジェクトの発起人であるメンバー達で本研究会内にて開発ツールについて研究開発を行っている。複数の専門家スキルを活用し、地方・地域における総合的な産業支援・検討を行うにあたり有効な方法論・協働プロセス(これを「メソッド」と呼ぶ)を集約し、ツールとしてまとめた。実際に人口8,400人の静岡県南伊豆町および静岡県伊豆市修善寺地域の支援に活用され実証済みである。
本ツールは、6つのメソッドにより構成されており、それらを「まちを創る」「ひとを集める」「しごとを育てる」の3つに括った。
■まちを創る(地域診断・提言)
①「広く地域の、思いを汲み取る」事業者の意識調査メソッド
地域の事業者へのアンケート、ヒアリングを通じ、地域の経済循環を把握し、地域で新たな事業を検討する方の掘り起こしを行う方法である。具体的には、総合計画や産業振興計画といった、行政が数年おきに作成する計画において一般的には事業者の意識調査が行われる。その分析を担うことなどが有効である。
地域全体の産業振興を見る立場にある方にとっての主な課題認識としては、「地域内の経済循環と域内事業者間の連携」「個別の事業者の活性化・底上げ」そして「中長期的な事業継続の確保」の3つの観点がある。それぞれの事項がつまびらかになるようなアンケート項目を設定し、それを地域の事業者にご回答いただき、内容を分析することで、マクロな視点からの重要な支援事項が明らかになる。さらに、このアンケートを通じて、支援者にとっては地域で真に重要な産業が何なのか、またその後の産業振興に重要な役割を担うであろう事業者の洗い出しを行うことにつながり、その後重点的に支援すべき分野にフォーカスした支援のプログラムに繋げることができる。
②「地域を診て、光る魅力を見極める」地域診断メソッド
地域の産業を構成するキーパーソンへのヒアリングや、RESASなど統計情報を活用し、地域の産業振興における課題分析・報告書の作成・提言の実施方法である。南伊豆での事例では、現地のパートナーである商工会からの専門家委嘱に基づき、現地の主要な分野のキーパーソンに対してヒアリングし課題を抽出、2~3か月程度の検討期間を経て、自治体や地域の関係者に対してプレゼンテーションを行った。地域の経済にとっては、地域内の経済循環もさることながら、いかに「外貨」すなわち来街者や物品販売によって収入を獲得するかが共通的な課題である。さらに、そういった事業を担う「担い手の獲得」すなわち移住促進、およびあらたに地域で創業した事業者への手厚い支援体制があるかが重要となる。このフレームに沿って課題や提言内容を整理することで、ある程度まとまりのある提言書の作成を行うことができる。それぞれの領域においては、プロモーションや6次化支援、従業員の育成、ICT活用など、一般的な企業支援の各種ツールを埋め込むことができる。地域の経済状況を包括的にとらえ、そのなかでとくに求められる支援施策を実施することが重要である。
■ひとを集める(支援者の想いを集め、現地との密な関係づくり)
③「意思に基づき、思いを込める」部会の運用と人材マッチング
地域や社会貢献をしたい首都圏の中小企業診断士に対し、自分ができる貢献や専門性、協働意欲について確認し、地域での課題ごとに診断の部会に分け、マッチングを行う方法である。具体的には、まず現地のキーマンとタッグを組み、支援のプロジェクトを立ち上げることである。そして支援プログラムとしてゴールを設定し、支援者を募る。支援者として参加いただく人に対しては、どのような貢献を求められているのか、期間とミッション、成果物をできるだけ詳しく設定することで、関わるイメージを持っていただくようにする。そして支援者が集まったら、何人かをグルーピングし、ワーキンググループを設定し、おのおのリーダーを設定していくような流れを作る。それぞれのチームでゴールを設定し、アウトプットを設定することでワークの流れを作る。大切なのは、地域で求められていることもさることながら、支援者の興味や関心、スキル向上意欲、支援者の視点から見た「地域がよりよくなる仮説」を確認し、その方が貢献したいと考える領域の業務を設定していくような配慮を行うことである。往々にして地域の課題は複雑化しており、また地域の人の視点によって問題点もさまざまである。誰かが課題を出してくれるわけではない世界である。支援する側として「解決できたらよいのに!」と思うようなことを大切に、尊重することで、効果の高い活動に繋がる。
④「距離を埋め、スピードを最大化する」コミュニケーションメソッド
地域と首都圏、または支援者同士で遠隔で密なコミュニケーションを取るためのオンラインシステムなどのICTツールの活用方法である。具体的には、SNS上で支援者のグループを作成し、適宜現地に関わるニュースを配信し、現地で何が起こっているかを随時理解する。この点は、現地に身を置いていない方にとって、現地で起こっている重要な事柄、基本的な理解を促進するために有効である。ニュースについては「Googleアラート」等いわゆるRSSツールを活用し、地域の特定のニュースにかかわるワードを登録しておくことで毎日自動受信でき、非常に効果的である。
さらに、支援者同士のコミュニケーションではTeamsやslack、チャットワークなどのビジネスチャットツールを活用する。メールでのやり取りでは過去の情報を遡るにも時間がかかり、作業進捗管理にも適さない。管理工数を最小限にしつつ、各支援者がお互いのコミュニケーションを取りやすくする環境整備が重要である。さらに、感染症対策を考えると、会議は原則オンラインでの実施を前提とする必要がある。
■しごとを育てる(実行支援・ハンズオン)
⑤「遠くの人と人とをつなぐ」 地域事業者の支援促進メソッド
首都圏の専門家を地域に呼び込み、実際に地域事業者とのマッチングを行い、事業者支援を促進するための仕組みを整備する方法である。具体的には、首都圏と地域の距離を埋めるためWEBシステムや商工会専用窓口によるメール相談機能を設け専門家委嘱を行い、専門性を持つ企業内診断士が経営相談できる体制を整える。さらに現地支援含め積極的に活動したい方々には中小企業119登録やNPO法人を活用する体制も整える。こちらは副業や社会貢献などで支援活動がしたい活動的な企業内診断士層に向け機能する。さらに現地の事業者への認知を高めるため、自治体や商工会が作成する経営支援のパンフレットに、首都圏の診断士による遠隔サポートのサービス内容を掲載することも有効である。
⑥「事業者を盛り立て、出会いを繋げる」地域プロモーションメソッド
地域の魅力を首都圏に伝えるためのイベントの企画運営や、地域のファン候補と繋がるための仕組み仕掛けづくりを行う方法である。具体的には、地域の事業者とそのお客様となりうる首都圏の人とを結びつけるためのリアルとオンラインの両面の取組である。首都圏において「ミートアップ」と称し、地域で活躍する事業者に取組の紹介をいただき、地元食材を活かした料理による懇親会をメインにした構成のイベントを開催する。ターゲットは首都圏に住む「移住も視野に入れている人」+「離れて暮らしているけど、町が好きな人、より深く関わりたい人」とし、SNS上でのプロモーションを行い、興味のある人を巻き込んでいった。首都圏在住者が感じている地方に求める期待やニーズを地域の方に生の声として伝えることで、地方自治体が気付かぬ視点から新たなアイディアが生まれる。またこのイベントに参加いただいた方に対しては、地域と継続的な関わりを持っていただけるよう、SNS上で「地域のファンクラブ」サイトを設置。自治体や現地の事業者の方にもご協力をいただき、ファンクラブサイトに現地の情報を掲載し首都圏のファンに継続的にその地域への興味関心を喚起し、行動していただける仕掛けを作っている。
これらのメソッドを実践したことによる、南伊豆地域における効果としては以下の通りである。
第一に「まち」の視点で、地域の経済循環の全体像をとらえた分析を行い、地域において重要な業種・業態を特定し、地域としてのあるべき姿を首長・自治体職員・商工関連団体と共有したことである。これにより、行政関係機関との間で以下のような実績をあげている。
◦南伊豆町との産業振興にかかる協定締結
◦南伊豆町総合計画・産業振興計画の策定にかかる業務の一部受託
◦第二期発達支援計画の策定支援と計画内への本ツールの記載
◦南伊豆町商工会 事業継続力強化支援計画の策定と本ツールの記載
第二に「ひと」の視点で、企業内診断士の意識向上に繋がった。地域支援という実践の場を提供することで、自ら主体的に考え、自身の専門スキルと能力を地方で活かし、企業内診断士の実践能力の向上に繋がった。実際に自治体や商工会から専門家の委嘱依頼を受けることで、専門家としての実績づくりができた。
第三に「しごと」の視点で、企業内診断士が中心となって行った診断・課題解決の提言を通じて、新規案件の発掘や自治体・支援機関から各種事業の予算化をいただいた。有償案件については独立診断士との連携効果も生まれた。またヒアリングによる経営相談などを通じて、自治体や支援機関から支援実績に応じて実務ポイントを獲得する仕組みを設けることもできた。
さらに、首都圏の専門家による地域活性化・地域支援の事例として、日本経済新聞(静岡版)や地元新聞への掲載も行われ、通常、裏方として活動することが多い診断士の存在をメディアを通じて周知することにもつながった。
(3)従来の手法に対して優越的な点
地域の多様な事業者や関係者を想定した包括的な支援を行うためには、個人でなくチームで取り組む面的支援が必要不可欠である。中小企業診断士が個人で行う一般的な「支援」の枠に捉われず、多様なスキルを持つ人びとを巻き込み、地域とのかかわりを持つ接点をいかに多く作り、プラットフォームにしていくかが、この支援のメソッドのポイントである。
①実現性
このメソッドはあらゆる地域において活用可能である。とくに支援人材が不足し「身近に相談できる人がいない」と考えられる、人口数万人以下の町・村にとって、公的支援の枠組みを活用するなどしてきわめて低コストで実現することができる。現地支援の核となる方との強固な連携がありさえすれば、地域のあらゆる事業者と支援者の面的なマッチングを行うことが可能となる。
②実用性
地域や小規模事業者をプロコンが支援するにはコストがかかり、躊躇しがちであるが、その前段階の経営課題の抽出や整理を企業内診断士がヒアリングして提案するだけでも地域や事業者にとっては、新たな事業をする際のヒントや改善アドバイスに繋がり大きなメリットとなる。企業内診断士にとっても、実際の支援の場でのレベル感や経験を積むことができ、診断士としての自信を深めてさらなる活動へと繋がりうる。商工会にとっても、企業内診断士に協力いただくことで今まで手が届かなかった会員企業の実態や状況などを把握することができる。そもそも首都圏には同業の士業や経営コンサルティングの企業がひしめき、レッドオーシャン化している状況にある。逆に地域においてはそういった支援者がほとんどおらず、事業者の数との比率で数十倍の差が存在する。新たな仕事を求める都内の診断士にとって、地域というフィールドを得ることは、その地域にとっても支援者にとってもプラスとなる。
③独創性
診断士として地域支援を行いながら地域や企業、地元の人びととの関係性を深めることでよりその地域を好きになり、「関係人口」となることで、その地域にとってさまざまなアイディアが生まれうる。一部のプロコンだけで集中的に支援をするよりも、できるだけ多くの関わりを持つ中で、新たな創発的事業が期待できる。
(4)ツール普及の取り組み
本ツールの他地域への展開としてすでに各地の商工会や商工会議所、地域金融機関へも事例として紹介され、首都圏の専門スキルを活用した地域振興を行う可能性や実行できるかの予備調査や相談なども受け進めている。
(5)ツール利用の方法
本ツールの利用に際しては、当研究会のサブワーキンググループとして編成した「地域部会」において紹介し、他の地域での実証支援を通じて共有を行う。
3.今後の課題
最近の環境変化を通じ、新たな地域振興策の模索や地域支援、観光支援を行うための話合いは全国各地で沸き起こっている。オンラインシステムの活用や移動制限にともない、逆に地域に縛られない全国規模での活動領域の拡大が期待できる。そんな中、当研究会のサブワーキンググループ「地域部会」において各地域のキーマンと連携し実践しながらノウハウの蓄積を図り、本ツールのブラッシュアップを図る予定である。
将来的に、中小企業診断士の役割として、民間経営コンサルタントの役割だけでなく、複雑・多様化した地域課題に対応する「地域支援の担い手」となるための提言を図っていく。