経営デザイン研究会 佐々木 陽三朗

1.はじめに
当研究会は知的資産、価値創造、経営デザインに関するツール作成や実践を目的に活動している。本特集では当研究会の有志で作成した「中小企業等の持続的成長のための知的資産経営報告書マニュアル」から要約、抜粋する形で新たな経営支援ツールを提案する。

2.背景
当研究会は、2020年設立の新しい会だが前身となった会や団体を含めると実質的にはすでに10年を超える活動を行っている。この活動の中で知的資産経営をめぐる環境が大きく変わり、新たなコンセプトを取り入れたものが必要であると考えた。
新コンセプトを作るにあたり、まずは、知的資産経営報告書、統合報告書、SDGs、経営デザインシートなどについて現状と課題を検討した。

これらを要約すると以下①~⑤である。

①経済発展とイデオロギー
資本主義経済による、開発、発展は地球の隅々までいきわたり行き詰まりを迎えている。経済発展パラダイムの転換が必要である。
これは「経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか」(C.ダグラス・ラミス著(平凡社2004年9月)の内容の要旨の一部である。
2004年とやや古い書籍ではあるが、この頃から拝金主義的資本主義や短期的成長・発展を最大化させる考え方に警鐘を鳴らしていたといえる。
何に価値を置くかを改めて考えるべきだというメッセージと、われわれは受け取っている。

②SDGs
「No one will be left behind(だれ一人取り残さない)」。持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現のため、 2030 年を年限とする17の国際目標が設定された。社会貢献や環境配慮は大企業だけのものではなく、サプライチェーンの中で中小企業にも求められるものとなっている。これは世界共通で目指すべき価値基準の一つともいえる。
また、SDGs導入における企業の行動指針としてSDGs Compassがある。ここでは、
アウトサイドイン=社会・自然環境など外部からの視点で課題や目標設定
バックキャスト=逆算。未来のあるべき姿から課題やアクションを設定
といった考え方が必要であるとされている。
いずれも大きな環境変化、パラダイム転換期においては重要な思考法であり、中小企業もとりいれるべきである。

③経営デザインシート
バックキャストの考え方を取り入れた、A3用紙1枚で俯瞰できる優れたツールである。会社内部でのコンセプトワーク、ディスカッションツールとして優れている。しかし、対外説明資料とする場合は、会社案内や財務諸表、組織図など付随資料が必要である。
また、経営デザインシートに限ったことではないが、作成したことに満足しアクションに移っていない会社が多い。アクションを促す仕組みが必要である。

④統合報告書(国際統合報告フレームワーク)
財務と非財務の統合、財務資本、製造資本、知的資本、人的資本のみならず、社会・関係資本や自然資本といった社外から受けるまたは社外に与える影響まで考慮した枠組みである。過去の実績だけでなく将来方針についても定量的な数値目標とともに説明する資料となっている。現在の経営で求められているすべての要素がこれ一つで表現できるツールである。
また、通称オクトパスモデルと呼ばれる、有形無形の資本投入(インプット)、外部環境、ビジネスモデル、アウトプットといった価値創造プロセスの全体イメージは、企業活動を表現する基本フォーマットともいえるものである。

しかし、これらは上場会社のコミュニケーションツールとして、投資家への開示のために作られたものである。中小企業に適用するには工夫が必要である。

⑤知的資産経営報告書
中小企業庁の活動などを端緒として日本式にアレンジされたものが数多く存在する。複数ページタイプの知的資産経営報告書、A3見開きタイプの事業価値を高める経営レポートなど優れた枠組み、ツールである。

ただし、企業経営に関わる資本・資産のとらえ方や企業が生み出す価値については、より現状に即したものとしてSDGsやESGの視点を取り入れていくべきである。また、SWOTやクロスSWOTについて現在事業に対して行うのか、未来像に対して行うのかがあいまいで再検討が必要である。

3.当研究会の提案
当会では、以上の調査分析を踏まえ、従来からある知的資産経営報告書のフォームに修正を加え、以下のフレームワークを提案することとした。
名称は「中小企業等の持続的成長に向けた知的資産経営報告書(IAbM Report for Sustainable Development)」とし、略称は「IAbMレポート」とした。
※IAbMとはIntellectual Asset Based Managementであり知的資産経営の英語表記である。

内容は下表の通りで従来からの知的資産経営報告書や経営デザインシートの構成を基本フォームとしながら、SDGsや統合報告の要素を取り入れ、この資料一つで企業全体を説明するに十分なものとした。

主な提案ポイント

①経営デザインシートの包有
「パートA:トップコミットメント」部分で、「②経営デザインシート(エグゼクティブサマリー)」として、経営デザインシートそのものを取り込むこととした。経営デザインシートは企業の具体的内容や数値目標にまで踏み込めない一方、全体感や方向性を示すもの、全体像の要約とするのに適しているからである。

②資産のとらえ方
知的資産経営での人的資産、構造資産(→「組織資産」に名称変更)、関係資産(→「社会関係資産」に名称変更)は中小企業における基本的な資産なのでそのまま残した。しかし、その他資産として、有形資産(機械設備など)、金融資産(資金力、資本力)、自然資産を加えた。これらは、中小企業においてはすべての企業が明示できるわけではないが、可能な限り表現したほうが良い。特に自然資産については、前記したように中小企業といえども環境への配慮は避けて通れないため、明記することとした。中小企業にとって記載が難しくとも、意識づけを行うことは重要であると考えている。

③SWOTとクロスSWOTについて
SWOT分析は現在の事業に対して行うのか、将来事業に対して行うのかで大きく変わる。極端な例を挙げて言えば、サッカー選手にとって足が速いことは強みだが、これから中小企業診断士になる場合には、強みとはいえない。
現状の事業内容からの延長線上で改善計画を検討する場合には、現業でのSWOTとクロスSWOTでも有益な場合が多い。
しかし、外部環境が大きく変わり、非連続な革新的計画、再構築計画が必要な場合には、現状についてSWOTを行っても有効とはいえない。やるべきことは変化する外部環境を予測し、自社が取り組みたいと思える事業方針や具体的事業内容(=新規事業)を検討するべきである。そのうえで、方針や事業内容が合理的であることを確かめるためにSWOTやクロスSWOTを行うという流れが良いと考えている。なお、このSWOTで弱みや脅威と認識されたものは今後の課題と認識し、いかに克服するかを検討しアクションプランに盛り込むこととなる。
したがってIAbMレポートでは、SWOT、クロスSWOTは「パートC現在から未来へ」の戦略目標の後に記載することとしている。

④その他
・財務報告や今後の数値計画の記載を必須とした。企業活動において数値指標は当然に重要なデータだからである。
・具体的アクションプランの記載を必須とした。IAbMレポート作成に満足せず、成果につなげるためである。

なお、情報開示先によっては一部内容を非公開としても構わない。

4.今後の展開
当研究会では会員による個人活動も含めて今回の提案前から知的資産経営報告の改良・修正をしつつ企業支援を行ってきた。今回はその成果をいったん取りまとめた形となるが、引き続き実際の支援活動を継続し、さらに内容を更新していきたいと考えている。
おおむね1年おきにIAbMレポート作成マニュアルの更新を行う予定である。