6次化農業研究会
柴田一喜、小峰正義、倉田弘美、小野直
1.6次化農業研究会
当研究会は2019年1月に発足した。農業者の所得を増やす目的で、農産物の生産、食品加工、販売を農業者が主導する農業の6次産業化が推進され、加工食品製造、レストラン、収穫体験、農家民宿、直接販売などを、多くの農業者が行っている。しかし、一定の売上を確保し、黒字を実現する農業者は少ない状況にある。そこで、農業経営者を支援し、「農業が儲かる産業になる」ことを目的にして、当研究会は活動を行っている。
農業経営には、ほかの製造業やサービス業とは異なる事業の特徴があり、従来の中小企業診断士の知識経験では、対応できない側面がある。また、農業を取り巻く外部環境が、大きな変革期にあり、新しい知識・経験が求められる。これらの農業に特有の知識・ノウハウや変革に必要な新知識と体験を相互に学び、獲得する取り組みを当研究会で行っている。
本稿では、農業の6次産業化と、6次産業化に取り組んでいる農業者の経営支援の事例を取りあげる。
2.農業の6次産業化
1)農業の6次産業化とは
6次産業化の用語の由来は、1×2×3=6にあることは広く知られている。しかし、農業における6次産業化の考え方の第一の意義としては、経営感覚を備えた農業の構築にあると考えることが必要である。
2)背景
我国の農業政策の主要な施策の一つとして6次産業化が位置づけられてきた背景には、我国農業の衰退がある。
農業総産出額、農地面積、農業就業者は、最盛期に比べて低下していることが明確である。また、農業就業者の高齢化も進んでいる。
農業就業者の高齢化の要因として、若年層の新規就農者が少ない点がある。この理由として、新規就農するときに必要な営農技術の習得、土地の取得、生産物が現金化されるまでの期間が長く資金負担に耐えられないこと、気候条件のリスクが大きいことなど多くの課題があるとともに、農業をやっても「儲からない」また「労働条件がきつい」など事業としての魅力に乏しい点が指摘されている。
我国農業がこのように衰退産業化した背景としては、国による補助金支給などの保護政策に頼り、効率的で産業競争力のあるビジネスモデルを構築することを怠り、その結果、産業としての魅力の乏しい産業になったことが挙げられる。
一方、オランダ、デンマークなどヨーロッパでは、農業をグローバルビジネスとして変革し、効率的なビジネスモデルを築きあげ、高い国際競争力を発揮している。実際にオランダは、九州ほどの国土の中で年間輸出額861億ドル、世界第2位(2015年)である。(アメリカ1,402億ドル、世界第1位、日本は61億ドル、46位である。)
オランダなど成熟先進国農業は、保護政策ばかりでなく、産業として競争力のあるビジネスモデルを構築した点において、我国農業が学ぶべき点は多々あると考えられる。
3)農業における経営感覚の状況
保護政策に頼った農業は、結果として、経営感覚をほとんど持たない農家を生み出した。大半の農家は、自分の生産した農産物の販売価格がわからないままに主として自分の属するJA(農協)に出荷する。そして何日か後にJAバンクの自分の口座に売却代金が入金される。入金額からは自動的に種苗費や農薬代、肥料代などが差し引かれる。ほとんどの農家の経営者は入金を確認して終わりである。自分の生産物に対しての評価、単価、具体的な顧客などについて把握しない。
さらに、受取った売却代金により生産のために要した費用がカバーされたのかどうかについてほとんど考えない。ましてや原価計算はしない。また、自分と家族の労務費を考えないことも多いのが現状である。
4)日本農業の課題
農業を産業として魅力あるものにする必要がある。このためには、農産加工など事業領域の拡大、顧客志向、技術革新などを採り入れ、農業が「儲かる事業」になることが、重要な課題の一つであると考えられる。
5)6次産業化の目指すもの
農産物は、一般的には、加工され、流通網にのったあと、消費者の手許に届くが、その過程で付加価値がつけられ、土がついた農産物の価格の何倍にもなっている。一例として、日本そばの実(玄そば)がざるそばになる過程を見てみる。
上記より、60kgの玄そば3万円をざるそばに加工すると40万円、約13倍で売れる。このように、6次化とは玄そばの生産者が農家レストランなども経営してざるそば販売をすることにより、加工と流通で発生する付加価値をも取り込もうとするものである。この時に、3万円と40万円の差額をすべて利益とすることができないことは言うまでもない。ここに「経営」の必要性が明確となる。
6)農業における「6次産業化」の課題
農産物の生産、食品加工、販売にわたる広い事業領域があり、マーケティング、生産、食品加工、販路開拓、経営管理の各段階に課題がある。
マーケティング:すでに栽培している作物の加工商品を製品化するシーズ志向が強く、ニーズを基に栽培作物や栽培品種を選択するニーズ志向を強める必要がある。また、多くの農業者が同じ商品を製品化することが多く、差別化する意識を高める。価格は、ナショナルブランド製品に比べ高くなるため、その商品ならではの価値を持たせることも重要である。
生 産:有機栽培や低農薬栽培など、安全安心を訴える農法が採用されている。今後は、ニーズに基づく新品種の栽培と農法の開発、IoTセンサーなどのデータに基づいた農法などを活用し、高品質、高生産性の栽培を実現する。
食品加工:自家加工の場合は、設備投資を抑える、加工作業の効率化、HACCP管理などを実行する。また、委託加工の場合は、最低加工数量、品質、価格、運送などの課題を解決する。
販路開拓:地元の直売所、地元食品スーパー、自家での直接販売を中心にする。さらに、ホームページやSNSで情報を発信・受信し、口コミを増やし、顧客とのつながりを築くことが必要である。
経営管理:各作物・製品の売上額、売上数量・個数、費用、在庫などの見える化、月ごとの売上・費用・利益の管理を実施する。また、年の予算や事業計画を作成し、PDCAを回す管理を継続させる必要もある。
7)6次産業化に基づくビジネスモデル構築
(1)6次産業化の考え方
①スモールビジネス:はじめは小規模なビジネスモデルを構築し、この中でも利益の出せる仕組みをつくる。
②地元重視:地元にあるさまざまな資源を見直して取り入れる。原材料の仕入れ先、売り先および消費者、資金調達、そのほか必要な経営資源についてできるだけ地元のものを使う。
③理念とビジョン:事業を進めるに際しての考え方および将来像を持つ。
④ネットワークを築く:社内および社外に情報共有できて、安心して仕事が依頼できるネットワークを築く
(2)6次産業化ビジネスの進め方のポイント
①消費者ニーズに応えた商品開発
②事業計画をつくり、PDCAを回す
③専門家を充分に活用する
3.6次産業化に取組む農業者の支援事例
当研究会では、研究会発足前より福島県の桃生産農家の6次化支援に取り組んでいる。
1)桃農家の概要
桃農家の人員は、代表者と父母、従業員3名の合計6名である。生産品目は、桃、梨、梅の果実と約20種の野菜である。果実と野菜は生果や野菜セットで販売する。6次化の製品は、桃のコンポート、桃ジャム、梨ジャム、梅ジャム、味噌、福尽漬(福島の郷土料理)、おせち料理、鍋セットなどを製造販売している。6次化のサービスとして、体験農園と農家民宿を行っている。
販売は、地元スーパー、東京など大都市圏の催事(イベント)や専門店、郡山マルシェ、ふくしま産直市、郡山駅、福島空港、大手のショッピングサイト、ふるさと納税返礼品で行っている。また、自社ホームページで直接販売も行っている。このように多数の販売ルートを確保している。
2)経営理念
桃農家の経営理念は、「元気応援農業」、企業目的は「100年続く会社になります」、目標は「明るく元気で人生を楽しめる人間でいよう」である。これらの経営理念の基盤には、介護ケアマネージャーとしての経験を持つ代表者の「高齢者や障碍者を幸せにしたい」という強い想いがある。
行動指針は、①元気なあいさつ ②報告、相談、連絡の徹底 ③商品、道具を大切にする ④1日3回以上笑う ⑤ご縁を大切にする ⑥前向きに行動する、である。
また、桃農家が目指す考え方は、①お客様とのご縁を大切にする ②朗らかに 安らかに 喜んで 働く ③畑からのお母さんの味を守り、未来に伝える ④地域に愛される農縁を作る、が挙げられている。
これらの経営理念、企業目的、行動指針などを、朝礼時にスタッフ全員で唱和している。スタッフにこれらの内容が浸透し、スタッフの訪問者への元気な挨拶が実行されている。
また、経営理念などは、下記に示すさまざまな取り組みに結実している。
①「人との縁を大事にしたい」という代表の思いから、農園名を農園から「農縁」へ変更
②地元の料理と製法を研究、伝承するためのランチ会などのイベントの定期的な実施
③農業体験や農家宿泊を通じて「元気でいる」を応援する農家民宿の運営
④地域の高齢者、子育て女性の交流を促進するための交流施設の建設・運営事業(現在進行中)
3)経営状況
(1)生産と6次化の取組
桃の収穫期は7月下旬から8月中旬である。梨の収穫期は8月中旬から9月上旬である。収穫後も桃、梨ともに熟成がすすみ、生果の保存が困難である。また、果実の非規格品は規格品に比べ、販売価格が大幅に安い。そのため、非規格品を加工して付加価値を付け6次化商品とする。
収穫は、1個ずつ人手で摘み取るので、労力がかかる。品種ごとに収穫期間は多少ずれるが、収穫期間は繁忙期である。また、収穫した当日に鮮度のよい果実の食品加工を行う特色を持たせているため、食品加工もこの時期に集中して行う。これらの作業は、地域の高齢者やママ友が参加し、介護予防や子育て支援に貢献している。高齢者が農業で生きがいを持ち、会話を楽しみ、体を動かすようにする狙いがある。
(2)クラウドファンディングへの取組
代表者の母の夢である「薪ストーブのあるホッとできる空間でお料理教室をする」ためのハウス建設資金1,000万円のうち300万円をクラウドファンディングで集めるプロジェクトを、2020年に実行した。
①クラウドファンディング活用のきっかけ
2019年初めから検討を始め、復興庁の支援がきっかけで開始した。集金目標額達成には多くの賛同していただける個人、企業に向けてPRが必要であり、復興庁のPRのチラシ、新聞広告の支援は効果があると判断した。
②クラウドファンディングの概要
実施方式:All or Nothing方式(目標未達の場合はすべて支援者に返金)
目標金額:300万円 支援総額:479万円 支援者292人の実績であった。
手数料:約20%(フルサポートプラン)
リターン:3,000円から100,000円コースまで全19コース
当社のクラウドファンディングの特徴:返礼品なしの支援者数が189人(64.7%)、金額で1,734千円(36.2%)と大変多かったこと。
成功のポイント:人任せにせず、人脈をフルに活用した、SNSに投稿し続ける、メールの雪崩打ち(知人すべてに発信する)、決してめげない前向き思考。
支援した人の割合は、通常はアプローチ数の2%だが、当社では倍の4%の実績となった。
(3)決算状況
売上高は、おおよそ果実35%、野菜8%、加工食品55%、その他2%の構成である。6次化の商品とサービスが57%を占め、6次化事業が主力の経営である。
また、天候や病虫害の影響を受けることにより利益額は年により変動し、厳しい決算を強いられることも多い。
4)支援した問題点と課題
縁を大切にした顧客関係性の強化や販路開拓、クラウドファンディングでは、優れた取り組みがなされた。一方、生産販売計画・管理では改善の余地があることも事実である。
たとえば、桃などの加工食品の製品ごとの製造販売個数の決定根拠が明確でない、加工食品の製造原価も不明である、そのため、売上と利益計画も明確でない。また、雇用する人数と労務費も適正な数値でないなどの問題がある。
課題は、販路ごとの目標販売個数の根拠のある決定、商品ごとの製造原価の見える化、雇用人数の最適化、利益計画の見える化である。つまり、6次化事業の年計画を策定することである。
5)課題への対応状況と今後の支援計画
代表者に、6次化事業の年計画の策定が必要なことを説明し理解していただいた。また、代表者は生産販売の管理の不足にも気が付いている。そこで、各商品の売上、費用、利益計画のひな型を提示して年計画についての必要性と、年計画の試算値を作成するのに必要な、生産販売費用、売上個数、販路ごとの販売価格の数値の整理を提案している。今後は、本年度の売上利益の見込みの計算を行い、10月以降の販売計画に反映させる。さらに、2021年度の事業計画策定を支援する予定である。
まとめ
6次産業化においては、生産・食品加工・販売のすべてを担うための経営能力・知識が必要である。一方、現状はこれら経営力を備えている農業者は少ないとみられている。他方、各地に成功例も生まれている。これら成功事例の要因の一つとして、必要な経営感覚を身につけた農業者が挙げられる。成功している農業者の一例として他産業での業務経験から経営能力を習得し、その後もこれを磨いているケースも見られる。将来、多くの農業者が経営能力を習得し、将来性のある儲かる農業を実現することが期待される。