デジタル経営研究会 経営改善分科会
吉村 正平

 デジタルトランスフォーメーション(DX)について、経済産業省では「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義している。
中小企業においては、経営資源が乏しいために環境変化の影響を受けやすい面と素早く順応できる面とがあり、「製品やサービス、ビジネスモデルを変革」の実現のためには経営者の舵取りが重要である。
中小企業は、サプライチェーンの一部として「取引企業との連携」で成り立っていることや地域社会の一員であることにより、社会的・経済的・人材的などの多面的な可能性を持っている。その経営者は、自社のもつソーシャルキャピタルを活用した「組織集団による変革のコアメンバになれる人々」である。本稿では、経営者が参画する共同受注活動、産学公金連携活動や地域共同事業体など「組織集団によるビジネス変革活動」を行ううえでの運営の取り組みについて紹介する。

1.新型コロナウイルスがもたらす事業再構築

いつの時代でも中小企業経営者は景気動向に注意しながら、環境に順応して生き残り策を選択して生き残ってきた。バブル崩壊、リーマンショック、東日本大震災などの国内環境の激変に加え、新型コロナウイルス感染症の対策でも人的交流が極端に制限されるという世界的な予測不可能な状況にあり、「新しい生活」や「働き方改革」への対応に迫られている。
政府は、中小企業政策として緊急事態に対応した休業要請などに対する補填、従業員の雇用確保に向けた金融政策による資金供給、休業補償などのセーフティネットの整備と同時に経営力の強化のための中小企業等事業再構築促進事業を展開している。
この事業では、「新分野展開、事業転換、業種転換、業態転換、または事業再編という思い切った事業再構築に意欲を有する中小企業等の挑戦を支援します」と趣旨が述べられて、デジタル活用や新しいビジネスモデルの構築が求められている。

2.未来志向の業務改善のアプローチ

思い切った事業再構築は第二創業、新製品開発、新分野展開などの挑戦する活動であり、経営者の舵取りで行われる。再構築の原則はありたい姿を描き、それを目指した行動を計画・実施することが基本である。そのための経営改善のアプローチを、3つに大別した。
a.トップダウンアプローチ
b.ボトムアップアプローチ
c.ジャンプアップアプローチ

当研究会では、a.社長指揮のもとプロジェクト体制で実施するIT活用のトップダウンアプローチに対して、b.現場の継続した小集団活動を継続するボトムアップアプローチが中小企業のIT活用により有効と考え、それを研究テーマとし、手順化した。その成果に基づき、平成25年度に担当した理論更新研修コースで6回の講習会を実施した。

残りの3つ目のc.ジャンプアップアプローチは「思い切った取り組み」であり、新分野開拓を狙い、他社との差別化戦略を取る経営改善手法を調査研究の対象として、平成28年度からの3年間で、共同受注活動、共同開発、産学官連係などの組織集団の17件のプロジェクト事例を調査・分析を行い、企業集団のマネージメントについての実践支援マニュアルにした。

3.企業集団のマネージメントとは

企業などの組織体を構成員とする組織は「メタ組織」と呼ばれる。その組織を運営する方法として「統制レバー」の仕組みを取り入れた運営形態を取り、「会員と顧客の増加」を図りながら、「社会に貢献」する。そのための成功要因として、メタ組織に伴走する「プログラムコーディネータ」の存在を確認した。
「メタ組織」の定義は、


Gulati, Puranam, and Tushman(2012)によるメタ組織の定義
・メタ組織とは、雇用関係に基づく権限による結びつきではない、企業もしくは個人のネットワークをもとに構成される組織である(加入・脱退の自由)
・構成員は法的に自治権を有している(構成員の独立性)
・メタ組織はそれ自体の目的(system-level goal)を有している(メタ組織の独立性)


具体的には、企業が集団として活動する形態は統制力の強いグループ経営、プロジェクト組織、合同会社、共同組合、任意団体などがあり、企業などの組織体を構成員とする組織である。
「メタ組織」は、継続した取引による統制力の強い階層構造の下請構造からフラットな「来るもの拒まず、去るもの追わず」の任意団体まで多種多様である。

次に、組織経営のキーコンセプトである「統制レバー」について紹介する。
スタートアップ企業のような新製品開発に挑戦する経営に提言されている「統制レバー」のフレームワークとして、事業戦略経営には4つの仕組み(取り組み)が必要と提案されている。
1)中核的な価値を表す信条システム(Belief systems):
集団活動する目的、目標、共有する価値観を示すものであり。リーダは、その定義を公式的に伝達し、それをシステムとして強化することを通じて、組織の基盤となる価値、目的、方向性を与える。
2)回避すべきリスクを示す境界システム(Boundary systems):
参加者に許容される行動の領域を示すもので、明確に認識された事業リスクに基づいて、機会探索に制限を与えるものである。
3)重要な業績変数と表す診断型統制システム(Diagnostic control systems)
集団の成果を確認し、事前に設定された目標基準からの乖離を修正するために、リーダが活用する公式的な取り組みである。PDCAを回す仕組みとも言える。

4)戦略的不確実性に対応する双方向型統制システム(Interactive control systems)
リーダが、規則的かつ個人的に、参加者の意思決定行動に介入するために活用する公式的な対話形式情報共有の取り組みである。現場状況のヒアリングに基づく更新の仕組みであり、リーダは、自身が認識する戦略面での独特の不確実性に基づき、双方向型統制システムを活用して探索活動を活性化させる。双方向型統制システムは、リーダの問題意識をもとに、参加者同士の対話を促し、対話のための枠組み(議題)を提供し、挑戦すべき事項の不確実性に対応するために双方向の対話による活動の依頼や情報収集を動機づける。
ビジネスとして活動するうえでは、信用や信頼がベースとして必要であり、企業経営に近い価値観の共有が必要であり、その価値観を維持強化するための仕組みが必要である。

「京都試作ネット」の事例では、コアメンバが数年にわたりドラッカーの経営理論・哲学を学ぶ勉強会を行い、組織化した以降はその修得が入会の条件になっている。商談対応の常駐体制とコアメンバによる定期的な運営会議が特徴的で、以降で述べる「統制のレバー」がしっかり機能していると分析されている。
メタ組織では「統制のレバー」フレームワークを使った組織の運営によって会員と顧客の獲得を同時に行い、成長することが必要である。
さらに成果としては、活動の成果(Output)だけでなく、その活動が生み出すブランド力の強化の効用(Outcome)や公益や雇用の創出といった地域の住民満足度の向上という外部効果(External Effects)も含めて評価することが重要である。
活動が社会課題への対応、地域課題への貢献、新たな活動への波及効果など非財政的な視点での成果を生み出すことが大事である。
新潟県燕市の「磨き屋シンジケート」は「磨き職人の匠の技が生み出した新製品によるネット直販」というビジネスモデルが、商品販売成果に加えてビジネスの将来性が描けることにつながり、後継者不足の解消に結び付いている。
企業集団のコアメンバがこのような活動のデザインをする際には、中小企業の支援者である自治体や金融機関から地域の活性化につながることが期待されている。

4.中小企業診断士が集団の運営と支援に使える道具立て

独立した組織で活動している人が集団として活動していく「メタ組織」には強い強制力はないため、数人で開始するスタートアップ企業の運営よりも課題が多く、失敗する事例が多い。経営者の集団の運営においては、現実の会社を経営する立場を代表していることもあり、コミュニティ形成が重要な成功要因になる。

中小企業の経営者の集団である場合には、図の左上の経営者の「危機感の共有」から始まる。強みを共有するコアメンバの関係性醸成(チームビルディング)を経て、プロジェクト活動に入っていく。新たな知識を得る商品サービスの開発とサービス提供に取り組み、地域の「公的支援」を受けながら、できあがった商品を「メディアの活用」をして顧客を獲得するという「顧客創造」のサイクルである。このような活動のサイクルをまわすことが継続した成功につながる「組織集団の進化スパイラル」である。この進化スパイラルサイクルを運用できている事例では、伴走して支援を行う人の存在が確認された。
企業集団のコミュニティではこのようなプロモーションを行う人材が必要であり、「プログラムコーディネータ」と名付けた。実際の人物は公的機関の産業支援団体や商工会議所の職員であり、数年以上に渡る伴走を行っている。

中小企業診断士が、地域課題や企業支援の取り組みとして、「プログラムコーディネータ」の役割を担うことに挑戦する価値はある。そのための取り組み方を紹介する。
その集団を形成する過程で、集団の運営体制を構築していくことを意識して、活動をデザインし、コーディネートすることが必要である。
集団のチームビルディングでは危機感の共有と新しい夢ややりたいことの共有のため、各社の強みを相互に発見するプロセスが必要となる。それにあたっては、診断士がふだん使っている、企業の理念や使命を明文化する方法(インタビュー、診断シートやブレインストーミング)を用いて、集団としての「ありたい姿」の信条システムと境界システムを整える。京都試作ネットのように、経営哲学や経営理論の学習を兼ねて行うことも有効である。
集団の事業方針を立てるには「ありたい姿」に向かって、「誰に」「何を」「どのように」のビジネスモデルを描くことが必要である。企業経営と同じように3C分析やSWOT分析が使える道具である。
事業計画を設計するためのフレームワークとして、「ビジネスモデルキャンバス」が有効である。これはアレックス・オスターワルダーとイヴ・ピニュールが提唱したものでビジネスモデルを表現する図として世界的に利用されている。集団活動についてもこのフレームワークでビジネスモデルを表現する。参加企業のビジネスモデルキャンバスと集団活動のビジネスモデルキャンバスを連携することで、集団の統制型システムと対話型システムの顧客とパートナーの関係と参加企業の関係を俯瞰することができる。
これらの活動を通じて、中小企業経営者に自社のビジネスモデルを描いてもらうことを行えば、自社の経営の改善にも役立つ。

以上のような運営に関わる主要な活動項目から、実際の事業計画を立て、必要な活動を洗い出して時間軸に展開した実施計画(プログラムと呼ぶ)をつくり、QCDを意識したプロジェクト活動として管理運営していくことになる。計画が詳細になり、広がりをみせるが、全体の運営構造を俯瞰するものとしてビジネス構造を1枚にまとめたものを提案している。

基本的価値観を共有するための仕組みを上位に、ビジネスモデルキャンバスの項目が中位に、効用を下位に配置した関連図である。ビジネスモデルキャンバス風に集団の会員企業をパートナーとして顧客への価値提供を行うプロセスを価値提供の知識創造活動と位置づけて、関連する情報を配置した俯瞰図である。
中核的な価値を表す信条システムとして、活動理念や使命を表現して、回避すべきリスクを示す境界システムとしてメンバの行動指針を表現する。
コアメンバによる価値観を共有しながら、綿密なコミュニケーションに基づく、重要な業績変数を表す診断型統制システムをつかって、現状を把握しながら、会員活動(カギとなる活動)や営業活動(顧客との関係)の遂行状況を調整していく(オペレーションのアライメント)。コア企業のチャレンジ精神を発揮して、新たな価値提供を行う活動を奨励しながら、現実に発生する障害や困難さを克服するように促していくこと(イノベーションのエンパワーメント)の運営を図っていく。
それらの活動の成果が、顧客の新たな需要の喚起やニーズの早期発見につながる。成功でなくても、失敗の体験も実施者に特定技能の習得につながり、集団としての特定知識の蓄積になる。その状況は会員企業のモチベーションアップに結びつき、新たな会員の増加を生み、技術の多様性や補完性が増すことが、新たな価値創造を産み、顧客の増加につながるという好循環サイクルに入れる。
このサイクルは非財務資産である知的資産を評価する活動指標の設定が必要である。知的資産経営でいう関係資産・構造資産の充実に向けた運営が求められる。

「組織集団(メタ組織)の運営俯瞰図」の信条システムや境界システムに組織目標指標(KGI)を設定し、それに関連するプロセスの言語化(見える化)された項目を測定する指標(KPI)として設定することで、全体の状況を参加者が共有するコックピットの役割にも使えると想定している。
メタ組織は、雇用関係に基づく権限による結びつきではない団体であり、世の中のいろいろな集団の支援に役立つように「組織活動(メタ組織)の運営俯瞰図」として提案したが、会員の部分を従業員と置き換えれば、人を中心とする会社経営の新たな経営俯瞰図にもなる。
「組織活動の運営俯瞰図」はあらゆる集団に役立つものとして、実務の活用に提案できる。

5.未来志向経営革新計画への取り組み

企業活動はコロナ禍により、国をまたいだ移動が困難になり、リモートワークの人的交流のあり方を模索し、世界が体感しているデジタル技術による「新たな生活様式」にむけたビジネスチャンスでもある。
また、日本の人口の減少、脱炭素社会の実現、戦略的な貿易政策と知的資産管理も想定され、これらの変化に加え、自然災害といった想定されるリスクに対して事業継続計画(BCP)の視点で事業計画に盛り込むべきことが必要である。
社会経済環境に適応して理念や目標行動指針を見直し、自社の「信条システム」や「境界システム」をアップデートし、長期中期の目標設定とそれを意識した組織形態や活動方針を具体化することが望ましく、経営者と一緒になって中小企業診断士が取り組むテーマである。
本研究会は1999年に「SCMビジネスモデル研究会」として発足し、2006年に「SCMとIT経営・実践研究会」、2019年に現在の名称「デジタル経営研究会」に改めた。
「デジタル経営」とは、「デジタルの力をうまく活用して、企業が生き残り、生まれ変わり、あるいは起業し、周囲とつながり、成長することを目指す経営」である。「中小企業のDX(Digital Transformation)」、その戦略、対象、方法論、事例などを研究する。ゲスト講師を積極的に招聘し、会員発表は、自らテーマ設定し、幅広い観点で討論する。有志による分科会活動も特徴の一つで、当分科会では2021年度は中小企業の外部環境分析を取り上げて、デジタル社会に対応する中小企業の経営向上に資する情報発信を継続していく所存である。
謝辞:山口 直也(青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科 教授)先生には論文の引用許諾や参考文献の指導を賜り、また、魚谷会長はじめとしたプロジェクトメンバーの協力に感謝する。

(文責:吉村 正平:城南支部)


事業再構築補助金(METI/経済産業省)
https://www.meti.go.jp/covid-19/jigyo_saikoutiku/index.html
「戦略実践のための経営学」
ロバートサイモン著 伊藤邦雄監訳 ダイヤモンド社 2003 年初版
「メタ組織におけるマネジメント・コントロール―京都試作ネットの分析―」
山口直也著、『管理会計学 第25巻第1号』(19-33ページ)
http://sitejama.jp/journal/25/1/02.pdf
平成28年度「調査・研究事業」中小企業のものづくり連携プロジェクトの支援マニュアル調査研究 報告書
https://www.j-smeca.jp/attach/kenkyu/honbu/h28/monodukurirenkeiproject.pdf
平成29年度「調査・研究事業」ものづくり企業連携の事業化のための支援マニュアルの調査研究 報告書
https://www.j-smeca.jp/attach/kenkyu/honbu/h29/monodukurikigyourenkei.pdf
平成30年度「調査・研究事業」「ものづくり企業集団における支援実践マニュアル」の研究・開発 報告書
https://www.j-smeca.jp/attach/kenkyu/honbu/h30/monodukurikigyousyuudan.pdf