営業力を科学する売上UP研究会
柳澤 智生
緒川直樹、田中和哉、木村健一郎、増田竜雄

1.はじめに
(1)研究会のミッション
本研究会は、法人営業における課題を可視化する「営業力診断アンケート」を開発し、2014年度中小企業経営診断シンポジウム第3分科会で発表した。その後、金融機関、認定支援機関等と連携して、多くの企業を対象に営業力診断アンケートを実施している。アンケートでは、営業力強化のための問題・課題を明確化し、企業の要望に応じて研究会で開発した営業強化コンサルティングメニューによる実行支援につなげている。

(2)事業承継支援への営業力診断アンケートの活用
2018年4月、本研究会の中核ツールである、「営業力診断アンケート」の新たな活用機会を深耕する活動を開始。研究会内で人員を募り、独立診断士2名、企業内診断士3名が参加する分科会を立ち上げた。

分科会では、新たな活用機会として、中小企業支援の最優先課題となっている「事業承継」に着眼した。2019年版中小企業白書では事業承継時の問題を取り上げている(図表1参照)。図表内の太字で示した項目は、事業を引き継いだ後の継続的な問題である。
親族内承継、社外への承継とも回答率の高い、「取引先との関係維持」は、営業に関わる問題である。親族内承継では、営業活動を前経営者が1名で実施しているケースも多く、「後継者の育成」においては、前経営者が実施してきた営業活動を検証し、今後(営業活動を)どのように承継していくのか検討していく必要がある。
社外への承継では、承継元・承継先企業の営業方針、営業スタイルの違いから、組織として営業活動をどのように統合していくかという問題が発生する。公平な環境で統合していかなければ、営業マンのモチベーション低下など「従業員の反発」の一因にもなる。
分科会では、こうした事業承継時に発生する問題解決にあたって、営業力診断アンケートの活用が有効ではないかという仮説を立てた。実際に、分科会参加の独立診断士の事業承継支援ケースを検討した結果、支援プロセスの過程において、営業力診断アンケートを活用することになった。

2.営業力診断アンケートによる実行支援
本論文では、親族内承継、親族外(社外への)承継、2社に対しそれぞれ営業力診断アン
ケートを行った事例を発表する。
1社目は親族内承継を進めている光学部品加工業O社に対し、後継者支援の過程で営業力診断アンケートを実施。社内の課題、解決の方向性を明確にした、経営革新計画の認定を受け、後継者中心の経営体制を構築している事例として報告する。
2社目は親族外承継として、同業他社を事業吸収した工業用包装材卸のK社が、PMI(統合)支援の過程で営業力診断アンケートを実施。当初の課題は、自社の営業マンと事業吸収会社の営業マンとの営業スキル・モチベーションの違いを明確にして、公平な人事施策を打ち出すことであったが、(アンケート実施後は)自社の本質的な課題に気づくこととなった事例として報告する。

3.親族内承継における営業力診断アンケートの実施事例
(1)会社概要

O社は、光学薄膜コーティングや機能性光学コーティングを中核技術として、光学部品加工を専業とし、自動車部品、医療部品、精密機器部品等の分野で受注を獲得している。2016年後半に会社の経営を引き継いだ。

(2)承継支援の状況
2017年6月、会社の粗利益率が低下していると危惧した社長(T氏)の要望で原価分析支援に関わった。原価分析に必要な作業時間等が社内で掌握できていなかったため、作業日報作成・管理の徹底等を進めようとした。しかし同年8月に会長から社長に対し、「そんな事(=原価分析)に時間をさく必要はない」と横やりが入る。社長の父である会長は、経営の一線から引いていたものの、度々社長の経営方針に口を挟むことがあった。
O社の営業活動は、創業時から会長が1名で実施していた。現在は経営を引き引き継いだ社長が実施している。しかし会長の属人的な営業スタイル(価格交渉を含めた受注案件の選定方針)に日頃問題を感じていた。一方で会長としても、取引先との関係を維持していく上で、社長の営業スタイルに不安を感じていたのかもしれない。原価分析を巡ってはお互い相当な口論になったが、最終的に社長が折れる形で、原価分析支援は頓挫した。
社長は会長を説得(会長の経験に反論)することができなかったのは、自身に会社に対する経営認識が乏しいからと感じていた。そこで、経営者として必要なマネジメント知識を習得する研修を実施(2017年10月から、2018年9月までの1年間、毎月1回終業後(18:00-21:00)にマンツーマンで実施)した。マネジメントテーマ(経営戦略、営業・マーケティング、IT化erc)ごとに実際の(社内の)問題を抽出し、解決のための課題を考えるスタイルで研修を進めた。研修最後には、テーマごとに抽出してきた問題を整理し、課題解決の行動指針として、経営計画(経営革新計画)の策定を組み入れた。

(3)営業力診断アンケートの実施
研修を通じ社内のさまざまな問題を抽出していく過程で、営業活動については、「自社に必要な営業(力)はとは何なのか?」と本質的な問題を感じていた。また、将来的(5年後)には、自身が営業の立場を離れて経営全般のマネジメントに徹し、営業活動については、役員、生産現場、総務の人間で支えていく体制を作りたいと考えていた。客観的に社内の営業上の問題・課題を把握したいという意向から、社長(1名)への営業力診断アンケートを実施した。

アンケートでは問題・課題の絞り込みから、3点の営業課題を提示した(図表4参照)。1点目のコアバリューの価値観を具体化する「経営計画」の作成と実行については、更に①コアバリューを実現する仕組みとしての経営計画(重要成功要因や業績評価指標など)の設定、従業員との共有、②経営計画を、重点顧客別の売上目標や営業方針に落とし込む、③新規顧客先の情報入手、アプローチ策、訪問計画など具体的なアクションプランに落とし込む。2点目の重点顧客に対する情報収集・提案活動の推進については、更に①重点顧客より、自社の製品が組み込まれる最終製品の情報、顧客の困り事、競合先の提案内容、金額などを聞き出し、顧客情報としてまとめる、②①を基に、重点顧客に対する提案材料を検討・設定して、PDCAを回していく、③自社の技術・ノウハウを棚卸した上で、自社の「ウリ」をアピールできる資料を作成する。3点目の継続的な営業力の強化については、更に①重点顧客に対する売上目標、営業方針、自社の「ウリ」を従業員と共有する、②人事評価制度の一貫で、従業員一人ひとりに目標設定してもらう。その中で、売上貢献、顧客価値拡大、業務革新などの目標設定をさせる、③後継者のOJT、OFFJTの計画を作成し、それに沿って同行訪問や外部セミナーの受講などを進める、とそれぞれ解決の方向性を提示した。

(4)具体的な成果
O社ではアンケート結果をもとに、2019年1月から自社の経営課題の明確化、課題解決のためのアクションプランを盛り込んだ経営革新計画を策定し、同年3月に認定を受けている。

4.親族外承継における営業力診断アンケートの実施事例
(1)会社概要

K社は、緩衝材、包装資材を主力商品として扱う専門商社である。主力の緩衝材は自社で切断加工して販売している。2019年4月、同業他社(N社、個人事業)を事業吸収した。

(2)承継支援の状況
承継支援は、N社の事業譲渡相談から始まっており、同業他社であったK社が譲渡先として手を挙げたことで、承継手続が進んでいった。2019年4月の事業譲渡の際、取引先との関係維持を考慮、N社社長は、K社の営業マンとして雇用されることになった。

K社には7名の営業マンがいるが、各自広いエリアをカバーしており、直行直帰を原則として営業活動を行っている。一方でN社の顧客は狭い営業エリアに集中しており、組織として営業活動をどのように統合していくかという問題が発生していた。このため、承継手続後も、人事面、営業面でのPMI(統合業務)支援を実施している。

(3)営業力診断アンケートの実施
PMI(統合業務)支援を実施していく過程で、社長(M氏)より、人事評価の検討材料として「自社営業マン(7人)と、N社社長との営業力(営業スキル、モチベーション)の差異を客観的に評価できないか」と相談があった。
そこで客観的な従業員間の営業に対する意識の差異、それを踏まえた会社の営業上の問題・課題を明確にするため、営業力診断アンケートを実施した。

アンケートでは、まずK社の営業マンと比較した場合のN社社長の営業課題を明確化した。これまで個人事業主としての成行管理で営業を実施してきたため、商品知識や商談技術が不足している点が明確となった。一方で、経営者から社員へ移行することで、営業上のモチベーションを維持・向上できるかという問題も明確になった。
このことから、3点の営業課題を提示した(図表8参照)。1点目の商品知識、商談技術不足をOFFJT、OJTを通じて習得することについては、更に①N社の既存顧客をターゲットに提案することを想定して、K社の商品・サービスの特徴を整理して覚えていく、②お客様のニーズを聞き出し、K社の商品価値が伝わるようなストーリーを語る練習を行う(ロールプレイング等を活用)、③OJTとしてK社社員に同行して、現場で顧客のリアクションを見て、提案手法を身に着けていく。2点目の営業社員としての知識・スキル習得とモチベーション向上については、更に①K社の営業部門に溶け込めるように、K社社員との同行訪問営業を通じて、スキルの習得とK社への帰属意識を高める、②K社営業部門の中での役割、担当を割り当てて、目標達成への意欲を高める。3点目のPDCAサイクルに基づいた計画的な管理への転換については、更に①N社の既存顧客をターゲットに、K社の商品を販売していくための営業計画、訪問計画を作成する、②①の活動を通じて、目標値を設定して、週次で進捗を管理することで、予実管理の習慣を身につける、とそれぞれ解決の方向性を提示した。

次にK社の営業マンと経営陣、他社営業マンと経営陣を比較した場合のK社の営業課題を明確化した。すると、K社の経営陣(社長M氏、役員)は、中長期計画、戦略ターゲット、営業プロセス、交渉手法の共有化ができていないことが問題点として明確になった。
このことから、3点の営業課題を提示した(図表9参照)。1点目の中長期の営業方針、戦略の策定については、更に①営業部門で、営業現場から来る顧客の要望、競合他社の提案状況などを踏まえ、既存顧客に対する営業戦略・売上計画を策定する、②①で作成した既存顧客に対する売上計画を基に全社の売上計画を策定する。その上で、既存顧客で充足できない売上分を新規開拓の目標値として定める、③個々人の担当エリアにある工場、事業所から新規開拓のターゲットを抽出し、目標(訪問件数等)を定めて、活動を開始する。2点目のK社の営業の基本プロセス、営業個々人に求める提案能力のガイドラインを取り決めるについては、更に①K社の商品特性や顧客ニーズを基に、引き合いからクロージングに至るプロセスで行うべき活動内容や、営業個々人に求める提案能力を、ガイドラインとして定める、②これまでの営業ツールの有効性を棚卸しして、今後強化すべき営業ツールを定める、③営業会議では、商談の各プロセスで、①のガイドラインに書かれている内容が実行できているかを尺度に、部下への指導を行う。3点目の経営層と営業部門間における情報共有の場、仕組み作りについては、更に①期初などに経営層から今期方針を展開し、それに呼応して営業部門との間で営業方針をすり合わせる場(仮称:方針展開会議)を設ける、②営業担当者が、担当顧客に対する優先順位付けと目標訪問件数を定めて、その内容を経営層と共有する、③営業担当者は、顧客への訪問件数、滞在時間、行動内容を日報などに記録・蓄積する。営業リーダーや経営層は定期的にデータを分析し、現状の把握、部下への指導に活かす、とそれぞれ解決の方向性を提示した。

(4)具体的な成果
当初のアンケート目的であった、N社社長の営業力(営業スキル、モチベーション)については、前述の通り改善すべき点は多くみられるものの、K社自身が営業上の問題点を解決していくことで、N社社長への指導・評価基準を明確にすることが喫緊の課題である。承継手続後の、PMI(統合業務)支援過程でのアンケート実施によって、会社の本質的な課題を掌握できたことが成果であった。

5.今後の取り組み
2つの事業承継事例を通じて、支援プロセスの過程で、営業上の課題・問題を明確化する客観的な分析ツールとして、営業力診断アンケートの有効性を実証できたと考えている。
一方で、アンケートで提示した解決案の実行支援は重要である。親族内承継事例のO社については、全社的なコアバリューの認識と共有、社長不在でも機能する営業体制の仕組みづくりについて支援を継続している。また、親族外承継事例のK社については、中長期計画の策定、営業力の見える化(営業プロセス、交渉手法等)の支援を継続している。
現在、本研究会では、アンケート実施後の営業力強化コンサルティングメニューをブラッシュアップしている。メニュー開発に関わる企業内診断士と支援実務で活用する独立診断士が情報を共有しながら、より実務に有効なコンテンツに磨き上げている。今後もさまざまな事業承継支援ケースで営業力診断アンケートを活用しながら、課題解決のための実行支援に注力していく所存である。