中央支部 事業承継支援研究会
黒須 靖史
岸田 康雄、高橋 秀仁、近藤 登喜夫、髙岸 浩文、川中 雅史、河﨑 展生

■1.ツール作成の経緯
今春、「中小企業の事業承継支援業務と知識体系(以下、体系表という)」が、中小企業診断協会HPにて協会会員向けに公開となったが、これは、事業承継支援研究会が(一社)中小企業診断協会(連合会本部)の平成30年度事業として受託させていただいたものである。
当研究会は、中小企業庁「事業承継ガイドライン改定小委員会」のメンバーの1人である岸田康雄会員が中心となり平成29年11月に発足させた研究会である。「事業承継の専門家を100人養成する」というコンセプトのもとに毎月、事業承継に関する講義や、実際の事例に基づくケース・スタディなどを実施している。毎月の定例会には、弁護士・公認会計士や事業承継を経験した後継社長など多彩なメンバーをゲストスピーカーとして招き、たいへん活発な議論が展開されている。
定例会以外にも、書籍出版、中小企業庁への政策提言なども視野に入れた活動を行っており、本事業もその一環として、代表の岸田会員をプロジェクトマネージャーとし、中小企業の事業承継実務に精通する有志7名にて、平成30年7月より約6カ月にわたり取り組み、完成させたものである。

■2.本体系表の目的と特徴
事業承継支援が日本における中小企業支援の大きなテーマであることは中小企業診断士であれば、異論を唱える者はいないであろう。実際に事業承継支援の依頼を受ける機会も多くなっていると考えられる。
しかしながら事業承継の支援方法に関する情報は、中小企業庁などの公的機関や一般書籍などで数多く紹介されているものの網羅的かつシンプルに整理されているものは少ない状況である。そこで本体系表は、中小企業診断士が利用することを前提に、支援実務の全容(タスクと当該タスクを遂行する上で必要となるスキル)がわかるようにし、事業承継支援に取り組む方々のスキルの向上などに役立てていただくとともに、支援先の状況に合わせて行うべきタスクを抽出し、タスク実施の確認ができることを目的として作成した。
本体系表は大きく二つの使い方を目指している。一つは、事業承継支援経験の少ない中小企業診断士が事業承継支援を行う際、この体系表に則って業務を行えば、一定レベル以上の支援を行えるようにすることである。もう一つは、事業承継支援に精通している中小企業診断士が、自身の持つノウハウに基づいて本体系表を自由に加工し、業務の体系化や高度化に活用していただくことである。

これを踏まえ、本体系表は次のような特徴を持たせている。
・事業承継支援の全タスクを10のカテゴリーに分類し、支援のおおよその流れに沿って整理
・カテゴリーごとに実施内容を4段階に階層化し、それぞれに補足コメントを記載
・承継方法、重要度、事業形態でタスクをピックアップ可能
・Excelを用いているので、利用者自身で項目の抽出、修正、追加ができ、オリジナル版を作成できる。

また、内容の精度を高めるために、次の方に監修をしていただいた。
・城所 弘明氏 (日本公認会計士協会「事業承継支援部会」前部会長、中小企業基盤整備機構主催事業承継セミナー等講師)
・首藤 禎史氏 (大東文化大学経営学部教授、中小企業庁中小企業診断シンポジウム審査委員)
お二方からは、中小企業診断士とは違う目線からの貴重なアドバイスをいただいており、このツールの中にはそのノウハウが詰め込まれている。

■3.各カテゴリーの概要
それぞれのカテゴリーにはすべてのケースを想定した詳細なタスクを記載し、状況に応じて利用者が取捨選択できるようにしてある。なお、カテゴリー内で完結できるようにしているため、敢えて同じタスクを複数カテゴリーに記載している場合もある。

【00】着手準備
中小企業診断士が事業承継支援業務を行うにあたってどのような準備や事務的な作業をしていけばいいのかが記載してある。また、支援業務として基本的な内容だけでなく、「他士業など協力専門家との関係づくり」など事業承継特有のタスクも記載してある。

【01】後継者
後継者候補の選定から決定、後継者のプロファイリング、後継者教育、社内合意形成といった人物面に関連した内容と、登記や社内規定の整備などのドキュメントに関連したタスクを記載してある。中小企業診断士が現経営者と後継者の橋渡しとしての役割を担うことが記されている。

【02】経営理念
創業以来の経営理念を見つめ直し、大事な考えは次世代に残していくと同時に現在にそぐわないものは見直していくことは欠かせない。当欄では、経営理念の確認や見直し、経営理念の社内浸透、後継者による経営ビジョン策定、現経営者と後継者の理念共有など、後継者による経営の基本概念を作り上げるためのタスクが記されている。

【03】経営戦略
経営理念やビジョンを土台とし、経営環境の分析、現経営戦略の環境親和性、今後の経営戦略策定など、後継者が経営者として事業を発展させていくために必要なタスクを記載してある。経営分析の結果次第では、「後継候補者が事業承継を取りやめる決断をする」ことや「後継候補者を変更する」ことがあるのが、事業承継支援業務の特徴である。

【04】経営資源
中小企業が存続していくためには、知的資産・人的資産の承継が欠かせないことである。当欄では、知的資産の承継、人的資源の承継、知的財産の承継など、経営戦略や事業戦略を実行していくために必要な経営資源の整理と、その承継方法に関するタスクが記されている。

【05】事業承継計画
会社・事業概要、事業特性、組織特性、後継者特性などを整理し、その上で事業承継に必要な事項を計画化するためのタスクを記載してある。

【06】株式承継
株式に関する基本知識を整理した上で、株式の移転方法、株式の評価、支援制度、M&A関連事項を確認できるためのタスクを記載してある。株式承継の実行については税理士に実務を依頼する必要も多いため、税理士と十分に議論ができるための知識ベースとなることも意図してある。

【07】経営承継
組織体制構築、ガバナンス確保、組織改善、権利関係などを整理し、後継者が経営の実務を確実に行え、かつレベルの高い経営体制が整うようにするためのタスクを記載してある。

【08】財務基盤
資産の整理、債務保証の引き継ぎ、資金調達、退職金などに関するタスクを記載してある。また、状況によっては廃業や再生の検討が必要になる場合もあるため、それらの関連事項についても記載してある。

【09】フォロー
現経営者と後継者の心情的な関係調整、承継後の経営フォロー、先代経営者のフォローなど、事業承継が形式的に終了した後に行うタスクについて記載してある。

■4.体系表の入手方法と使い方
1)入手方法
体系表はExcel版とPDF版があり、(一社)中小企業診断協会HPのトップページよりダウンロードすることができる。 (https://www.j-smeca.jp/index.html

▼トップページ下部のバナー「中小企業の事業承継支援業務と知識体系」をクリック
→ ▼ページ下部にあるExcel版もしくはPDF版をダウンロード

2)Excel版の利用方法
以下の理由により、本体系表を十分にご活用いただくには、Excel版がお勧めである。

①諸事情により、ダウンロード版は全カテゴリーが1シートに羅列されてある(約1,700行)。必要に応じてシートをコピーし、カテゴリーごとにシートを分けたほうが使いやすくなる。また、関数などは埋め込んでいないので、自身で必要に応じてタスクを追加・削除できる。

②タイトル行(1行目)には、階層レベル(1~4)に加え、次の項目がある。フィルター機能を使って、必要なタスクを抽出して使うことも可能である。

<承継方法に関するもの>
・親子間承継    :親子での承継に該当するタスク
・親子以外親族承継 :親子ではないが親族間での承継に該当するタスク
・従業員承継 :従業員承継に該当するタスク
・M&A :M&Aの場合のタスク

<体系表のイメージ>

 

<その他>
・所有と経営の分離 :事業承継を機に所有と経営を分離する際のタスク
・重要度 :重要性の高い順にA~C
・小規模企業 :複雑な実務を伴わないと思われる場合に該当するタスク
・個人事業主 :法人ではない場合に該当するタスク
・タイトル行 :資料等で使う際に表示させる項目を選択するためのもの

3)中小企業診断士としての活用方法
本体系表は、主に次のような活用方法を想定しているが、アイデア次第でさまざまな使い道があると考えられる。

<使い方の例>
・自身が事業承継支援実務に携わる際のチェックシート
・中小企業診断士以外の専門家とチームを組む際に、全体像を共有するための資料
・事業承継支援に取り組む方々の自らの研鑚や研修プログラムの開発
・経営者や後継者に対し、どのようなことを行うかを説明するための資料
・営業活動の際に、どの程度の作業ボリュームがあるのかを提示する資料

■5.体系表を使った支援事例
1)経営者に対する事業承継の進捗説明用資料として利用
息子への事業承継を予定しているA社より、顧問税理士の紹介で支援業務を受任した。社長とのキックオフミーティングにおいて、(A社の状況に当てはまる項目をピックアップした状態で)本体系表を提示し、事業承継推進に関連する作業のボリューム感と流れを説明したことにより、社長に全体像を理解していただけた。
また、その後の支援業務において定期的に進捗状況を説明する際に、「これまでに終了した項目」「今後3カ月以内に行うこと」「6カ月以内に行うこと」「1年以内に行うこと」「1年以上先に行うこと」を色分けして提示することにより、社長がゴールに近づいていることを実感しやすくなるとともに、支援者としても必要な作業の抜けの防止や、派生する問題の想定を行いやすくなった。

2)事業承継支援業務における必要資料のピックアップに利用
B社の社長はややのんびり屋であることに加え、書類仕事が苦手である。したがって、事業承継支援業務において必要となる各種資料を依頼しても、提出されるまでに時間がかかりがちであった(当然ながら、一時に大量の資料を依頼すると思考停止になってしまう)。そこで、本体系表を使って、必要となる資料を事前にピックアップし、早めに、かつ少しずつ依頼することで、計画通りのペースでの支援が行えるようになった。

3)M&Aアドバイザリー業務における役割・作業分担の明確化
C社における事業承継支援の後継者選定段階で、社長との議論を重ねた結果、M&Aを選択することが決まった。
よりよい条件でのM&Aが成立するように、中小企業診断士をリーダーとし、税理士、弁護士とチームを組み、各種の磨き上げ作業を行うことになった。その際、本体系表を用いて各自の役割やそれぞれの作業項目を明確にでき、チームとしての活動をスムースに行えた。
なお、M&Aのぜひを検討する際に「親族承継で行うこと」「社内承継で行うこと」「M&Aで行うこと」を体系表を用いて明確に対比できたことにより、社長としてもその違いを十分に認識した上で決断をすることができた。

4)事業承継支援受任活動における説明用資料として利用
中小企業診断士に相談に来る多くの経営者にとって、事業承継は初めての経験であり、どのようなことを行うのかについての知識はないものである。したがって、支援業務の期間や料金についての妥当性を判断することができず、単に「長い、高い」という思い込みから依頼に二の足を踏むケースもある。支援業務内容に関する説明(営業活動)の際に、本体系表を示すことで、作業ボリュームや必要期間、支援料金についての妥当性を理解してもらいやすくなり、受任につながりやすくなった。

■6.おわりに
当ツールは誰でもダウンロード可能であるが、会員都道府県協会およびその会員中小企業診断士が利用することを予定して作られたものである。中小企業支援機関、教育機関等で利用することも想定されるが、本体系表の著作権は中小企業診断協会に帰属するため、これら以外の者が営利の目的を持って使用することは認めていないのでご注意いただきたい。

本体系表は一般的な項目だけでなく、メンバーや監修者の実体験に基づくリアルな内容をできるだけ盛り込んでいるが、まだまだ不足している部分もあると考えられる。また、法令や制度変更など、時代に合わせて変えていくことも必要であり、今後も適宜アップデートしていくことを予定している。使っていただいた中小企業診断士からの、意見や感想も受け付けている。
協会会員の皆様の活動に少しでもお役に立ち、また中小企業診断士だからこそ可能となる最適な事業承継の一助となれば幸いである。

東京都中小企業診断士協会中央支部 事業承継支援研究会
連絡先:seminar@jigyohikitsugi.com

当プロジェクトチームのメンバーと担当
岸田 康雄 …… プロジェクトマネージャー
黒須 靖史 …… 【00】着手準備、【07】経営承継、【09】フォロー
高橋 秀仁 …… 【01】後継者
近藤登喜夫 …… 【06】株式承継、【08】財務基盤
髙岸 浩文 …… 【04】経営資源
川中 雅史 …… 【05】事業承継計画
河﨑 展生 …… 【02】経営理念、【03】経営戦略