自転車ビジネス振興研究会
池田 明広、河村 康孝、並木 和幸
1.自転車ビジネスを取り巻く状況
1-1.自転車ビジネスを取り巻く状況
【自転車活用推進法】
コロナ禍において、より安心でリスクの低い交通手段として話題にあがることが多くなってきた自転車。実は、コロナ以前に大きな動きが起こっている。その旗印、それが2016年に成立、翌2017年に施行された自転車活用推進法である。
翌2018年には、国が取り組むべき施策が広範囲にわたり定められた自転車活用推進計画が閣議決定され、ウィズコロナの動きとあわせ、自転車関連ビジネスの今後の発展・拡大が期待される。
【厄介ものから、公共・みんなの役に立つものへ】
基本理念には「公共の利益増進に資する自転車交通の活用推進を、国の責務として総合的に策定・実施する」とあり、これまで歩行者にも自動車にも邪魔で、駐輪も迷惑な厄介ものと思われてきたところもある自転車を、社会全体に役立つものとして位置づけている。
国が自転車を戦略的な取り組みとして位置づけた表れと言えそうだ。
【交通、スポーツ、経済、教育、健康、環境横断の総合的取り組み】
資料1を参照しながら、具体的内容をまとめながら説明していく。まず自転車走行空間整備と公共交通網との連携(基本方針の①②⑪。以下数字だけ)。自転車の利用と事故増加も受け、車道左側に自転車マークと矢印のついた道がここ数年増えてきたが、あわせてパーキングチケットなどの路上駐車見直し、公共交通拠点近辺の駐輪場・通行整備がうたわれた。自転車交通の機動性を有効活用する場としては災害時も想定され(⑫)、阪神・東北大震災時の経験もふまえ、パンク修理キット備蓄などの体制整備が期待されている。
続いてシェアサイクル事業や競技のための施設の整備(③④)。シェアサイクルの拠点がぐっと増えた背景の一つがこれで、オリンピック種目にも採用されているトラックレース、ロードレース、マウンテンバイク、BMXといったさまざまな競技施設の整備も促す内容となっている。オリンピックは延期となり、日本での自転車競技浸透、人気拡大もこれからの部分が多いが、上記を通じた国際交流、観光来訪の促進と地域活性化も期待される(⑬⑭)。
最後に自転車活用を支える仕組み・制度に関わる部分。良質な自転車の供給体制整備と、安全利用に寄与する人材育成(⑤⑥)は、まず何よりの基本となる安全基準整備や整備技術者確保を意図した内容である。非効率な運用となっているとされる防犯登録や車体番号についても情報技術を活用した管理の効率化・適正化を目指している(⑦)。安全については利用者側への教育も重要で、車道左側通行の基本ルールなど学校教育を通じた啓発も定められ(⑧)、その他取り組みとあわせた効果として国民の健康維持や青少年の体力向上への寄与(⑨⑩)が期待されている。
1-2.利用者の状況
(一財)自転車産業振興協会の調査によると国内保有台数は減少傾向で2018年時点では約66百万台、人口に対する普及率は約54%となっている。車種別にみると約6割・大半がシティ車(いわゆるママチャリ)だが、保育園送迎や高齢者からの需要に応えた電動アシスト自転車や、趣味での利用が増加したスポーツ車はそれぞれ約8%と構成比が近年大きく拡大した。
1-3.コロナの影響
コロナの影響で、シェアサイクルを利用したり、今まで電車を使っていた区間(最寄り駅までではなく)を自転車に変えたりする人も出てきているようだ。
雑誌バイシクルクラブがNPO法人自転車活用推進研究会と共同で実施したアンケートや、交通量モニタリングによれば、コロナ禍前後で自転車利用者は約20%増加、通勤距離10~15km程度の中距離勤務者については25%の増加が見られたという。安全・安心な移動手段としての自転車利用や、それを支えるさまざまな取組は今後も幅広い分野で広がっていくことが予想される。
自転車小売業を中心にコロナの影響について聞き取り調査を行ったところ、売上増の店舗、ほぼ横ばいの店舗、減少した店舗に分かれた。複数店舗からの声では、増加したものとして、クロスバイク・電動アシスト自転車・幼児用自転車の販売、UberEats配達員の顧客、数年間乗っていなかった自転車の大型修理(メンテナンス)、室内ライド需要が挙げられた。減少したものは、高額自転車の販売、学生需要(とくに大学生)という声が多かった。スポーツ車など高額自転車中心の店舗ではマイナス要因として働いたものの、クロスバイクなどの需要を取り込めた店舗はプラスに働いている。大学生の多い地域、テレワーク推進で労働者が減った地域など、地域特性によっても影響が大きい。今後の見通しでは、「自転車通勤などの需要は増えたものの、一時的なブームに終わる」という冷めた見方も多かったが、自転車に乗るきっかけや新規顧客獲得につながったという声も多く聞かれ、こうしたユーザーが継続して乗り続けられる環境やサービスを、官民挙げて提供することが鍵になると思われる。
2.自転車ビジネス事業者の状況と、今後の展開
2-1.自転車ビジネスの全体像
自転車ビジネスというと、まず思い浮かぶのは自転車販売店ではないだろうか。また、そうした自転車を作るメーカー(製造業)や流通を支える卸売業も多く存在している。
その他にも、シェアサイクルや駐輪場、イベント、スポーツ関連、観光、旅客運送、メディア、保険、貨物運送、情報通信など幅広い分野に市場が広がっている。
2-2.自転車小売業(販売店など)
【市場動向】
自転車小売業の販売額は、2007年から大きく増加しており、2016年に2401億円である(右図)。
上記の統計や筆者の経験から、以下、自転車小売業の特徴と今後の課題を整理する。
【自転車小売業の特徴】
①大手企業(大規模店舗)の多店舗展開により、事業所数は減少:17,724事業所(1994年)→11,207事業所(2016年):約6割に減少(上図)
②電動アシスト、スポーツ車の増加傾向にともない、単価は増加傾向:10,563円/台(2008年)→17,157円/台(2017年):1.62倍 (自転車生産動態・輸出入統計((一財)自転車産業振興協会)の「生産+輸入」データより計算)
③ある分野に特化した専門店がある一方、幅広く品ぞろえを行う店舗が存在する:たとえば女性専用店舗など特徴を持った店舗も存在する一方、一般車(軽快車)、スポーツ車、子供用自転車、電動自転車など、小規模店舗でもあらゆる顧客ニーズに1店舗で対応しようとする店舗が多く存在している。
④小規模店(個人事業など)が多い:個人で経営する店舗は、全事業所数の73%。1事業所あたりの平均売り場面積は59.6m2。平均従業者数2.4人(経済センサス活動調査2016)
⑤一般的な自転車はモジュラー型産業であり、差別化が非常に困難:自転車(完成車)はPCと同じくモジュラー型産業の典型産業である。モジュールとなるパーツのアッセンブルによって製品(完成車)となるので、量産型の同じパーツを使ってしまえば、どのメーカーで作っても同じ自転車ができてしまう。一部の高級車を除き、開放的チャネル政策が一般的であり、この点でも差別化が難しくなっている。
【自転車小売業の今後の課題】
①集中戦略(顧客ターゲットの明確化と、店舗の個性化):商品そのものによる差別化が難しい自転車の特徴を考えると、集中戦略は一つの方向性と言える。商圏が大きい場合は別として、その他の小規模店舗にとっては顧客ターゲットの集中など個性化が必要である。
②カテゴリ別の売上管理の徹底:集中戦略を取る時に、今いる顧客のニーズを考えてなかなか絞り切れないということがある。売上管理を徹底し、売上構成比の小さなニーズについては品揃えからはずす検討も必要である。また、広報や店内POPなどから、ターゲットを試しに絞って実施する方法もある。それで顧客の反応を見たり、店舗の特色を少しずつ出すことも可能となる。
③利益管理の徹底:集中戦略を取るにあたって、条件が同じであれば利益率が高い商品に絞るのは当然である。集中戦略の前に、商品ごとの利益率管理は必須になる。
④イベント実施などによるコミュニティ(ファン層)の形成:店舗でライドイベントを開催することはよく見られる手法であるが、これに限らずコミュニティ(ファン層)を形成することで、長期的な購買につながる。
2-3.自転車メーカー・卸 (パーツ含む)
【市場動向】
自転車メーカーは工業統計では「自転車・同部分品製造業」に分類され、「完成車出荷額」で796億円、「フレーム・部品出荷額」で1,889億円である。一方、日本で流通している自転車の多くは中国製であり、輸入自転車の影響が大きい。(一財)自転車産業振興協会の統計によると、自転車(完成車)の国内生産・輸入金額は、2017年に1,316億円である。数量は、2011年から減少傾向であるのに対し、金額は2015年まで大きく増加している(次頁上図)。これは販売単価の増加を意味しており、国内生産の電動自転車の伸びがとくに大きく影響していると考えられる(2017年の国内生産台数は、10年前の2.1倍)。自転車部品(パーツ)の輸入金額は、2017年に226億円となっている。自転車卸売業は「輸送用機械器具卸売業(自動車を除く)」に含まれる。
統計元が異なるため全体を正確に表しているわけではないが、これまでのデータを図示すると右下図のようになる。
上記の統計や筆者の経験から、以下、自転車メーカー・卸の特徴と今後の課題を整理する。
【自転車メーカー・卸の特徴 (小売業で前述の特徴は除く)】
①売上総利益率の低い商品が多い:一部の高級車を除き、売上総利益率の低い商品が多い。差別化が非常に困難な商品であり、かつ大手小売店がバイイングパワーをつけてきている。
②足で稼ぐ営業慣習がある:POSシステムで完全に自動発注となっている小売店もあるが、いまだFAXや電話発注が主流の小売店もあるなど、店舗巡回重視の受注活動となり、営業の生産効率を落としている。
③生産台数は、中国生産がほとんど:国内市場の88.4%(完成車台数比率)が輸入車。そのうち、96.6%が中国製である。
④顧客ニーズを把握する取り組みの不足:顧客ニーズ把握のための調査や取り組みが少ない。
【自転車メーカー・卸の今後の課題】
①差別化が必須(パーツメーカーとの提携やM&A):完成車は差別化が困難な商品であるために価格競争が激しく売上総利益率が低下している。パーツを調達して組み合わせる完成車に比べると、パーツ単体の差別化は取り組みやすい。パーツメーカーとの提携やM&Aによって、差別化されたパーツを独占し、それにより完成車の差別化を実現する方法が考えられる。
②IT技術による差別化(GPS、Bluetooth、盗難防止など):IT技術の進歩を取り入れることは差別化につながる。すでに自転車の分野でも個々のIT活用パーツはいくつも生み出されており、そうした製品を自社開発したり、提携して完成車に組み込んだりすることで、差別化が図れる。
③顧客ニーズ把握の取り組み:顧客の声(ニーズ)を把握することは、イロハのイであり、もし取り組みが不足している場合は、アンケート実施などまずここから取り組む必要がある。
2-4.シェアサイクル事業者
シェアサイクルとは、自転車を共同利用する交通システムで、多数の自転車を各所に配置し、利用者はどこの拠点(ポート)からでも借り出して、好きなポートで返却ができる交通手段である。現在、海外では北米・欧州・中国を中心に約2,300都市で導入され、日本の導入都市数は世界でも上位に位置している。
【シェアサイクル事業の課題】
①採算性:国土交通省が行ったシェアサイクルを導入している都市へのアンケート結果では、事業採算性の確保の課題が最も多く、全体の約6割が課題と認識している。事業に係る費用をまかなう工夫として、パリの広告看板収入、ロンドンやニューヨークのネーミングライツなどの事例があり、国内でも、姫路市でのネーミングライツ、神戸市では駐輪場運営権を付与した一体的な運営などから、収支が改善し、採算が向上している事例もある。また、AI(人工知能)で最適な再配置手順の割り出しやメンテナンスコスト削減などの取り組みも行い、事業の採算性の向上を図ることも重要となる。
付加価値向上の取り組みの例として、宮崎交通が手掛けるシェアサイクルでは地元のベンチャー企業が開発したFree Power FG-1というギアを搭載している。ペダルを踏み込む力の一部を内蔵された特殊シリコーンに貯め、その反発力を利用し、充電などの手間やコストをかけずに電動アシスト自転車のような機能を提供している。
②展開エリア拡大への取り組み:シェアサイクルで移動しやすいまちを作ることは、快適なまちを生み出し、エリアの価値を上げることが可能となる。観光振興をはじめとした地域づくりを担う移動手段として、また公共交通機関との連携を進め、シェアサイクルはビジネスの1つという観点ではなく、「まち」を構成する社会インフラの1つとしてとらえ、持続的な社会づくりに結びつけていくことが必要である。そのための行政へのアプローチやユーザーに対する利便性の向上への取り組みが重要となる。
③ユーザー利便性改善:ネット認証などを使い登録から利用までシームレス、簡便に行えるシステムの構築をすることが必要であり、そのために地域、事業者に関わらず利用できる登録のワンストップサービスや個人認証、決済への交通系ICカードなどによるワンタッチ利用など実現していくことが課題となる。交通機関をまたぐシームレスな移動の実現により、シェアサイクルはMaaS(Mobility-as-a-Service)のラストワンマイルの有望な担い手になると考えられている。
2-5.駐輪場事業者
駐輪場は、放置自転車の社会問題化を受け、昭和55年の旧自転車法の制定により、放置自転車の撤去とともに整備が進み、放置自転車の減少に貢献してきた。駐輪場を設置主体別にみると、市区町村などがもっとも多く、箇所数で60%以上を占めており、自治体が中心となって整備は進められてきたが、民間事業者の進出も増加傾向にある。
【駐輪場事業の課題】
①駐輪場の質の向上:駐輪場が飽和してきたことで、競争が激化し価格競争が起こり、利益率が低下している傾向がある。これまでは放置対策のために、量を増やすことが主眼であったが、今後は下記のような質の向上が求められる。
■快適性:ゆったりスペース、屋根付き、更衣室・シャワー完備、盗難防止対策など
■多様性:子供載せ自転車、ファットバイクなどこれまでの規格に該当しない自転車などニーズの多様化への対応
②人が集まる駐輪場の特性を活かした取り組み:現状は、駐輪場は「停める」という価値しか提供できていない状況だが、毎日大勢の人が集まる集客施設としてのメリットがあり、広告価値や商品販売あるいは他の施設との複合など新たな価値の創造が検討可能と考えられる。
③まちづくりの観点からの駐輪場の確保:公共交通の利用促進などを図るため、鉄道駅のみならず、バス停などにおいても、地域の活性化の観点からは、商店街などへの来街が促進されるよう、適切な規模・配置により駐輪場を確保していくことが必要となる。有料の駐輪場は、基本的に放置禁止区域と撤去という行政の取り組みなしには基本的に成り立たず、行政との連携も継続的な課題となる。
④オフィスビル駐輪場:コロナの影響を受け、大手を中心に自転車通勤を許可する企業が増加する傾向がある。自転車通勤者が増加する状況に対し、オフィス街に立ち並ぶビルには駐輪場がないところも多いため、オフィスビルに駐輪場を設置することが入居者の高評価に繋がる可能性があり、このような新たな駐輪場のニーズに対応することが必要と考えられる。
謝 辞
今回の執筆にあたり、下記の事業者に取材のご協力をいただきました。あらためて御礼申し上げます。(一部店舗などは、ご希望により非掲載)。
CROWN CYCLE/KOOWHO/サイクルショップ アライ/サイクルヨーロッパジャパン/CYCLE Lab RUSTIC K8/しげたサイクル/鳴木屋輪店/BIKE & TECH/BIKE & HIKE/バイシクルショップ ポジティーボ/フィールドエクイップメント ジラフ/40 cycle/みやざきフレンド
(文責:池田 明広1-1~1-3、河村 康孝 2-1~2-3、並木 和幸 2-4~2-5)